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花仕舞師  作者: RISING SUN
第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
101/252

101話

 幸吉は夕暮れ、薄暗くなった庵でなんとか文を書き上げた。ちょうど、目を覚ます朱鷺。

「御前さん、何をされとります?」

 部屋の片隅でゆらゆらと動く幸吉に目を擦り欠伸を我慢しながら尋ねた。

「朱鷺……起きたか? 明日から少々、忙しくなる。身籠った身で大変じゃと思うが辛抱してくれ」

 そう、伝えると「疲れた」と一言、伝えると幸吉はごろんと横になった。

 横になると想い出が寄せる波のように幾重も押し寄せてくる。


 ──あと、どのくらいじゃ……儂の命は?──


 そう、心で呟いた。

「御前さん……辛うございましたな。でも、朱鷺は幸せでございます」

 背中越しに呟く朱鷺の言葉に幸吉は流れそうなものを堪えた。

「朱鷺、お前には苦労をかける。許してくれ」

 それだけを幸吉は言い残した。


 翌朝、幸吉は記憶を頼りに村長、羽戸山宗稔(はどやまむねとし)の屋敷を朱鷺と尋ねた。清には庵に留守を願った。

 ほのかに明けた東の空を、ひとすじの雲が渡ってゆく。田の面には朝露が白く宿り、揺れる稲の葉の上で玉となっては、陽の光を待っていた。鶏の声が、まだ湿り気を帯びた空気を裂く。どこかの軒先から煙が昇りはじめ、食欲をそそるような香りがそよ風に乗って流れてくる。水車がきしりながら回る音が、遠くから微かに聞こえた。農の家々は、土壁に萱葺きの屋根。白い布を干した竿が庭先に一本渡され、軒先の鉢には山野草が咲き誇る。ひとつの家から、年老いた女が手桶を抱えて出てきた。井戸から水を汲み、静かに庭の端にまいた。霧が溶けはじめたころ、幼い子どもが裸足で走り出す。笑い声がひとしきり響き、すぐにまた朝の静けさが戻った。小道には馬の足跡と、昨日通った旅人の草履の跡が残っている。道ばたの石には苔が生え、畔道にはツバナが風に揺れている。遠くでは、鎌を手にした男がひとり、静かに稲の育ち具合を見つめていた。変わらない風景がそこにあり、変わっていく人々がいる。幸吉は噛み締めるように小路を歩んだ。

「宗稔殿はおられるか?」

 代わり映えのない門構え。ところどころ煤けていたが格式は相変わらずだった。

「どちらさまで……宗稔さまは病で床に伏せておりますが……」

 手代の女が応対する。

「儂の名は幸吉。幼き頃、宗稔殿の慈悲深き計らいで京の新山兵之助の元へ奉公に出された身。この度、宗稔殿に今一度、慈悲を賜りたく、参上した次第。お目通りお願いしたい」

 女は幸吉の真摯な姿に押され宗稔の元に伺い、許しを乞うと幸吉と朱鷺を案内した。そこには床に伏す宗稔がいた。

「おお……よう来たな幸吉。伏せたまんまですまんな。面影まんまで立派になって……」

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