第91話 魔女ミゼルの選択
昼下がりの陽光が薔薇窓を通して、燦々と女神像を照らしていた。
ここは教会だ。
懺悔するには、格好の場所だろう。
オズラルドは目尻に皺を寄せて、初めて本音を漏らした。
「確かに。仰るとおり……私が甘かった。シエルに対しての苛立ちも、ただ歯痒かっただけなのかもしれない」
老い先短い身で反乱を起こすなんて、乱心以外の何物でもないと、いろんな人間から言われたが、本当はずっと昔から考えていたことだった。
知らしめてやりたかった。
父や兄に……。
オズラルドの鬱憤。
虐げられた者たちの怒りを。
傲慢に振る舞い、自分たちのやり方に異を唱えたミゼルの存在さえも、打ち消そうとしている卑劣な奴等に、思い知らせてやりたかった。
(だけど、本当は)
分かっていた。
自分とシエルは違う。
オズラルドは、王に成り代わって善政を敷きたい訳じゃなかった。
ただ、自分の不甲斐なさに憤っていただけだ。
シエルの恵まれた身分に、勝手な劣等感を抱いて、八つ当たりしていた。
結局、自分より下の人間を虐げていたのは、他でもないオズラルド自身だったのだ。
「だから、私はリーゼの存在にも気付くことが出来なかったのか……」
アルフェイドが的確に抉る一言を放ってくる。
「あの娘こそ、ミゼルの後継者。四十年間、みっちりと……本人の自覚はなくとも、数千年の魔法の知識を詰め込まれたミゼルの人生の集大成。まったく、彼女の本質に貴殿がいち早く気付いてくれていれば、俺もやり方を変えたのに……」
「シエルは、ああ見えて強情だ。簡単にリーゼを手放さないと思いますが?」
「まあ……。しかし、手がない訳ではない。王太子は認めずとも周囲がどうでるか……」
「陛下は一体、何を?」
「さあ、どうするかな」
にやりと口角を上げたアルフェイドは、真っ直ぐオズラルドの横までやって来ると、肩を軽く叩いた。
「いずれにしても、貴殿には関係ないことだ。流罪地で、何だかんだで期待している甥の姿を見守っていれば良い」
そうして、そのまますれ違うと、裏口の方に去って行ってしまった。
一度も振り返ることがなかったのは、オズラルドがアルフェイドにとって用済みの人材だからだ。
今回、オズラルドと話す機会を作ったのも、アルフェイドにとっては仕事のついでだったらしい。
この後、ユリエット王国内にいるラグナス王国派の貴族と秘密裏に会うのだとか……。
(変装をしているとはいえ、大胆な男だ)
今、ラグナス王国はユリエット王国を攻めるつもりはない。
……が、未来は分からない。
情報が武器だということを知っているアルフェイドは、身軽に国家間を移動している。
自分が不在時も、優秀な家臣がいるとのことだが……。
いずれリーゼを奪いに、脅しに来るかもしれない。
野心家で頭の切れる王だ。
だからこそ、オズラルドはミゼルの選択が意外だったのだ。
(どうして、ミゼルはアルフェイドに「宝珠」を与えると、遺言しなかったのか?)
この長い年月、あの男が一度もサロフィン城に赴いていないとは考えにくい。
愛国心のある魔女ではなかったので、国の違いなんてどうでも良さそうだし、年齢だって離れすぎないよう、調整もできるらしいから、アルフェイドが相応しいと思えば、リーゼをあの男に託していたはずだ。
……しかし、ミゼルが選んだのは、シエルだった。
特権意識を持たない、それがかえって足枷になっている甥のシエルは、あの城の中で、息を殺して生きていたリーゼという「宝」を見つけたのだ。
「……確かに、ミゼルは種を蒔いていたわけか」
ミゼルとオズラルドが会った時には、リーゼはもうサロフィン城にいたのだ。
(四十年間も……。ミゼルめ、とんでもなく恐ろしい魔法を使うものだ)
エンフィルで魔法を使ったリーゼの姿は、記憶の中のミゼルを彷彿とさせた。
それこそ、綺麗事を並べる小説のようだが、シエル、リーゼ双方が互いを護りたいという一念が凄まじい力を生み出す原動力なのかもしれない。
――ただ一念、それだけに命を懸けられるか?
それは、かつてミゼルがオズラルドに伝えた言葉だった。
「懸けられるのが、天才……か。ならば、やはりお前は天才だったのだろうな。ミゼル」
無人になった教会の女神像を見つめながら、オズラルドは自嘲気味に微笑したのだった。




