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第89話 宝珠とは?

「とどめを刺したら、どうだ?」

「叔父上、貴方は……」


 シエルの問いかけに、しかし、応えがあったのは、オズラルドの配下の方だった。

 一斉に、弓を構えている。


「ちょっと何よ? 殿下が勝ったんじゃないの!?」

「こうなると思っていたわ」


 エレキアの叫びを背に受けながら、リーゼはシエルの前に駆け出していた。

 彼の前に素早く回りこみ、盾になると、リーゼは早口で呪文を詠唱した。


「我、リーゼ=レインウッドの名において、来たれ 青氷の精霊よ。我が欲することを教示せしめたまえ!」


 ……と、一瞬で無数の大きな氷が空から降り注ぎ、地面に音を立てて突き刺さった。


「な、何だ。これは!?」

「魔女? 嘘だろ?」

「魔女がいるぞ!!」


 先程の突風程度だったら、奇妙なこととして処理されることでも、突然、分厚い氷が降って来たら、さすがに異常なことが起きているのだと、誰にでも分かる。

 魔法という言葉が何度も出てきても、現実として捉えていなかった兵士たちに、動揺が走った。


「「……魔法」」


 オズラルドと、シエルが同時に呟いた小さな声は、兵士たちの悲鳴で、掻き消されていた。


「わ、私はミゼル=レムディの魔力を継ぐ者。魔女ミゼルに四十年間、仕えて来ました」


 ――四十年。

 その一言に、周辺が更にざわついた。


(そうですよ。私は四十年魔女の召使いをして、死後も十年墓守りして……今年で六十八歳ですよ。大公殿下よりも年上でしょうよ)


 オズラルドが放心状態で、リーゼを上から下まで、何度も執拗に眺めていた。


「この戦いに意味など、一欠片も感じません。くだらない争いに参戦などせず、速やかに、解散しなさい。さもないと、私が魔法で八つ裂きにしますよ!」


 生まれて初めて、リーゼは表の舞台に立った。

 いつだって、ミゼルの後ろに隠れて、息を潜めていた自分が……。


(大声なんて、もうだいぶ昔から、ほとんど発することもなくなっていたのに)


 皮肉だ。

 魔力も持っていないのに、ミゼルが唱える呪文など覚えてどうするのだろうと、自虐していたのに、今はその時の記憶が頼りになっている。


「ありがとう。リーゼ」


 シエルが、前のめりになっていたリーゼの腕を強く掴んだ。


「私は君のおかげで、強くいられる」

「……え?」

「私を変えてくれて、ありがとう」


 彼はそう言うと、そのままリーゼと手を絡めて、真っ直ぐ、オズラルドを見据えた。

 オズラルドがシエルの視線を受けて、ぽつりと問うた。


「宝珠とは、やはりミゼルの魔力のことだったのか?」

「いいえ」


 即座にシエルは否定した。


「では、何なのだ?」


 オズラルドは、よほど知りたいのだろう。

 シエルの次の言葉を、律儀に待っていた。


「分かりませんか? あの人は私に言った。その瞳に映った()()()()()()()……と。私も最近気がつきましたが、他人がどう言おうと、私は宝珠に惹かれたのです。今もずっと魅入られ続けている」

「……莫迦な。お前は宝珠とは、そこにいる「魔女の召使い」のことだと抜かすのか? 惚気も大概に……」

「私は、本当のことしか話していない」

「まさか、そんな……」


 苦笑して、白髪頭を掻きわけたオズラルドだったが、直後にハッと目を見開いた。


「……十年待て……とは?」

「ええ。あくまで、目安だったのかもしれません。私が丁度、()()()()になるまでの」


 ミゼルの遺した「宝珠」。

 リーゼは、そもそも存在自体が嘘で、ミゼルの悪戯だと思っていたのだが……。 


(ありえない)


 シエルが今、口にしている答えはリーゼ自身が誰より、耳を疑うようなものだった。

 口元を引き攣らせながら、リーゼは呟いた。


「いや、いくら何でも……それは出来すぎというか」

「君は相変わらず自己評価が低めだね。魔力が宿ったことが何よりの証じゃないか。……それに私にはミゼルが自分の欲や嫌がらせのために、君の人生を脅かすとは、どうしても思えないんだ」


 確かに、未だに腹立たしい部分はあるけれど、五十年待って、リーゼはシエルと出会うことができた。

 リーゼにとっての宝珠は、シエルだ。

 ミゼルはとんでもない贈り物をリーゼに授けてくれたのかもしれない。


「叔父上。大魔女ミゼルは何よりも手塩にかけた「宝」を、私にくれると誓ってくれた。私は強い男になって、それに応えなければなりません」

「できないだろう? お前には」

「応えてみせますよ。…………だから、貴方に王位は渡しません」


 リーゼの手を、一層強くシエルが握りしめる。


(大衆の面前で、この御方は一体、何をしているのだろう?)


 まるで、絶対に離さないとばかりに……。


 彼の強い覚悟が伝わってきて、リーゼは顔を真っ赤にしながらも、されるがままになっていた。

 あの夜、手を繋いだ時とはまるで違う。

 シエルの体温は、一段と熱くなっていた。

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