第86話 再会
「ラグナス国王が嘘を吐いている可能性もありますが、あの方の話されたことが本当であれば、貴方の軍勢は総崩れになる」
「お前が何を言っているのか、さっぱり分からぬな」
眉一つ崩さず、オズラルドは呟いたが、大公に仕えていた兵士たちが、顔を見合わせていた。
もしも、ラグナス王国と大公が密約を交わしていたとしたら、現時点ではとんでもない裏切り行為だ。
「ラグナス国王は、争いを煽られて迷惑しているので、大公殿下に味方するのはやめるよう、いろんなところに働きかけてくれると保証してくれました。だから……きっと!」
「お前如き、小娘がラグナス国王にそのような真似をさせることが出来るはずもない」
「私の力ではありません。あくまで、ミゼルやシエル王太子の力で……」
「……ミゼル」
オズラルドは忌々しげにその名を呼んで、唇を噛みしめた。
「大公殿下!」
走って駆け付けた家臣が、オズラルドの耳元で何やら囁いた。
「……そうか」
オズラルドの顔色が一変した。
――そして。
頷くと、冷めた視線を、リーゼに確と向けたのだった。
「確かに、お前の言う通りのことが起こり始めているようだな。忌々しい。だが、これで一つはっきりした。お前の身柄を拘束すれば、シエルも、ラグナス国王にも、取り引きを持ちかけることが出来るということだ」
「……えっ」
いや、それはどうだろう?
「だから、目立ち過ぎだって言ったじゃないの!」
エレキアがリーゼを小突いた。
「でも、私にそんな価値ありませんって」
リーゼは小声でエレキアに答えたつもりだったが、ちゃんとオズラルドまで聞こえていたらしい。
「それは、交渉してみないと分からんな」
抑揚のない声音で言い切られてしまい……。
「この女を捕えよ!」
周囲を見渡して、オズラルドは大声で命じた。
(ええっと、こういう時、素早く簡単にできる魔法って、何か?)
こんな時の魔法だろうと、足止め魔法を詠唱しようとしたところ……。
「へっ?」
突然、後ろ手を絡め取られて、リーゼは慌てた。
「すいません。リーゼさん!」
サロフィン城から一緒だった護衛の一人がリーゼの態勢を崩して、その場に跪かせた。
「いたっ」
もう一人いた護衛の青年は、すでに気を失って倒れていて、エレキアも昏倒している。
(全然、気づかなかった)
こんなに強かったとは……。
リーゼが大公と話しているうちに、動いていたようだ。
「お前、魔法を使おうと思うなよ。そちらの女が死ぬことになるぞ」
「……そんな」
大公側の兵士が気絶しているエレキアに剣を下ろそうとしている。
巻き込むつもりはないと、宣言していたのに、おもいっきりエレキアを危険に晒しているではないか?
もし、彼女の意識があったら、リーゼに対する罵詈雑言の嵐が吹き荒れていたに違いない。
「金で大抵のことは片がつく。それだけ、この国が堕ちている証拠だ」
オズラルドは、冷ややかに口髭を撫でていた。
リーゼ側の護衛の一人は買収されてしまったらしい。
(確かに、お金は大切だからな。責められないけれど……)
昔のリーゼも面子なんかより、お金を欲したことかあった。
(仕方ない……か)
選択肢は一つしかないのだから、ここはオズラルドに大人しく捕まる他ない。
何処かで、逃げる好機も生まれるだろう。
大事にしたくないのなら、それが一番……。
――が、その時だった。
「あー!! もう言わんこっちゃない! バカリーゼ」
「えっ。ル……ルリ!?」
青い鳥=ルリが護衛の青年の頭を突いていた。
「……痛っ!」
驚いた護衛が荒っぽく手放したため、リーゼは地面に顔面から落ちてしまった。
「ううっ」
顔の泥を払う。
鼻が痛い。
けれど、これでリーゼは魔法を使うことができる。
「来てくれて、ありがとうルリ!」
何とか身体を起こして、ようやくリーゼが呪文を繰り出そうとしたその時……。
「いっそ、一時期にでも喋れないようにしてしまうか……」
いつの間にか、大公の大剣の切っ先が、リーゼの目と鼻の先に迫っていた。
(えっ!? 嘘、何で?)
どうして、大公自らがリーゼのような小物相手に、剣を振るおうとしているのか?
(切りつけられたら、快癒の呪文ってどうすれば良かったんだっけ? ああ、でも、唱えられないくらい深手だったら、魔法は使えないし……)
――魔法は万能ではない。
散々、ミゼルから聞いていたのに、リーゼは万能だと思っていたのだ。
ミゼルと同じことが出来るようになって、自信がついて、それが必死な分、自惚れに変わっていたのかもしれない。
「うわっ! リーゼ」
今更、ルリが気づいたようだったが、手遅れだ。
リーゼは両手で頭を庇いながら、ぎゅっと目を瞑る。
……しかし。
大公の剣は、リーゼを傷つけることはなかった。
「リーゼっ!!」
胸が震える。
懐かしい声がした。
……と同時に、リーゼの前を横切る一陣の風。
剣と剣がかち合う金属音が、耳に痛くて、
リーゼがおそるおそる目を開けると……。
視界の中、陽光に照らされて、きらきら輝く金色の髪があった。
「………殿……下?」
漆黒の外套が、風に当たってばさばさと音を立てていた。
最終的にオズラルドを剣ではなく、足で蹴り飛ばしたシエルの息は激しく上がっていた。
「ああ、リーゼ。危なかったね。怪我はない?」
数ヶ月ぶりだけど、変わらない、リーゼがほっとできる低い声。
感情が込み上げてきて、声が出ないので、何度もリーゼは頷くことで無事だと表現した。
「本の中の男みたいに、少しは役に立てたかな。私は……」
シエルが汗を拭って、剣を鞘に戻しながら、こちらに目を向けた。
その口元の穏やかな笑みを目にするだけで、リーゼの涙腺は簡単に崩壊してしまうのだ。
(やっぱり、私はこの人のことが好きなのね)
リーゼは抗えない感情を再認識して、泣きながら微笑んだ。




