第84話 貴方は王にはなれない
◇◇
どうして、こんなところまで、のこのこと総大将が遠征してきたのか?
有り得ない事態に疑問だらけだが、暢気に考えこんでいるわけにもいかない。
(私の考えが甘かったせいだわ。何とかしないと……)
リーゼは盾になってくれている衛兵たちに目で訴えて、オズラルド大公の前に自ら出て行った。
大公の軍勢を狙って、魔法を使ったのはリーゼだ。
(殿下のためにと、私が仕掛けたんだもの。私が責任を取らないと)
突然、魔法で攻撃を仕掛けることも可能だが、大公を狙うことで大勢の軍隊が襲ってきてしまったら、さすがに勝ち目はない。
「今のあれは、魔法か?」
「どうでしょう? 試してみても良いのですが……」
手の内を明かさないよう、リーゼが誤魔化すと、初めてオズラルドの口元に仄暗い笑みが浮かんだ。
以前、リーゼに声を掛けてきた時より、更に頬はこけて、目の下の隈も濃くなっている。
(もしかして、この人も何か抱えているものがあるのかしら?)
同情はできない。
でも、シエルはこの人のことを疑っても、悪く言おうとはしなかった。
――叔父上は、お小言ばかり……。
そんなことを、シエルは口にしていた。
(それを言うのなら、ミゼルだってそうだったわ……)
小言というより、あれは毒舌という病だった。
いまだに憎いと感じる時だってあるけれど、それでも毒の中にも愛はあった。
この人の言葉にも、シエルに対する愛はあったのではないだろうか?
「雷の魔法……。大魔女ミゼルに習ったのか?」
オズラルドは、静かに問いかけてきた。
何と返事をして良いのか分からず、リーゼが黙っていると、オズラルドは更に質問を重ねてきた。
「私がサロフィン城に滞在中は魔法が使えないと、嘘を吐いていた訳か?」
「ち、違います。これはミゼルが遺したもので」
「遺した……だと。では、魔女の言っていた『宝珠』とは?」
「王太子殿下は宝珠を、私のために使って下さいました。殿下は意図してないことだと思いますが、結果的に、私はミゼルの魔法を受け継ぐことができたのです」
「魔力の継承……。そんなことができるとは」
明らかに、オズラルドが愕然としたのが分かった。
(なぜ?)
ミゼルの遺した宝珠など、オズラルドはまったく興味などなさそうだったのに……。
「まさか、お前みたいな小娘にミゼルの魔力が移って、私が攻撃されるなんてな。非は明らかに今の王家にあるのに」
「確かに、今の王家は信用できません。私だって、体良くミゼルに売られて、そのまま五十年、放置されたままでしたし……」
「だったら……」
「でも」
リーゼは、ぴんと背筋を伸ばして、顔を上げた。
サロフィン城で、オズラルドと会った時、怖くて目も合わせられなかったけど、今は違う。
魔法が使えるから、自信がついたわけではない。
あの人が、リーゼに自信を与えてくれたのだ。
「貴方様は、王にはなれません。この国の王は、シエル……王太子殿下です」
まるで、何かに言わされているかのように……。
導かれるまま、リーゼは大公に言い放った。




