第75話 最悪な展開
◇◇
「ああ! リーゼ帰ってきた。何処に行っていたか分からなかったから、困ってたんだ」
「……何で。ルリが?」
護衛の人もいることだし、ひとまず屋敷に戻ったリーゼだったが、待ち構えていたのは、黒髪の少年に化けたルリだった。
食堂で山盛りのパンを頬張る使い魔=子供に、使用人たちは怯え、エレキアは呆れていた。
「何なのよ。これ。ここに来た時、化け鳥だったから介抱してあけたのに、いきなり人間になったわよ。怖いんだけど」
「エレキア……。ルリは弱ると人間に化けるのですよ。人の方が沢山食べられるそうです。要するに、栄養補給しているんです」
「甘い物が食べたいんだけどな。仕方ない」
使い魔らしく、我儘を言ってから、ルリは満腹になった腹を叩いて、満足そうに呟いた。
「しかし、どうして? 私、てっきりルリは消えたのかと思っていたのに……」
「宝珠」を使ったのだ。
あの鐘に宿っていた魔力は砕け散って、ルリは消えてしまったのではなかったのか?
この子が存在しているとしたら、何処かに魔力が残っているということだ。
「消えてないよ。外に出ても良いようになったみたいだから、久々に遠くに行ってみようと思って、あの王子について行ったの」
「……はあっ?」
リーゼも、その場にいた人全員も、耳を疑っただろう。
あっさり、とんでもないことをルリは口走ったのだ。
「それが大変でねえ。何て言うか、あの髭のおじさんがさ、国王を襲ったみたいで、もう滅茶苦茶なことになってさ」
「……ルリ。それ、本当の話なの!?」
エレキアが顔を強張らせながら、激しく問いかけた。
続々と使用人が食堂に集まってくる。
彼らも皆、シエルと王都が心配だったのだ。
「知らないの? 王都だと大変なことになっているけれど?」
「ここには、そんな情報一つも入ってきてないわよ……」
……いや。
入ってきてはいるのかもしれない。
だけど、シエルのことだ。
使用人の耳に入れないよう、命じている可能性も高い。
もっと、リーゼが積極的に尋ねて回るべきだったのだ。
「うーん。ルリが三日で王都から帰ってきたから、このネタ自体、新鮮なのかもしれないね」
――三日。
早すぎる。
早馬車を使っても、王都までは半月以上はかかるはずだ。
「嘘よ。そんなはず」
エレキアの呟きに、リーゼは首を横に振って、正直に答えた。
「ルリは魔女の使い魔です。性格に難はありますが、嘘を吐くことは出来ませんので、多分、本当のことだと……」
「……そんな」
エレキアが絶句して、気まずい沈黙が広がった。
リーゼはふとすると、昼寝の時間に突入してしまいそうなルリの首根っこを押さえて、捲し立てた。
「それで、殿下は!? シエル王太子殿下は、今どうされているの?」
「うーんとね。国王は行方不明。……で、王都に戻ってきた王子と髭のおじさんが敵対して、内戦勃発になりそう……な感じ? ちょっときな臭いから、ルリは帰って来たんだよ」
へらへら笑っているどころの騒ぎではない。
「何……それ」
予想だにしなかった、最悪な展開が始まろうとしている。
やはり、ラグナス国王の忠告は本当だったのか……。
しかし、早めに感づいたシエルが王都に向かった分、オズワルドと正面で向き合う形になってしまったのは事実だろう。




