第73話 不器用すぎる人
「なるほど。リーゼの娘? いや、孫か……。お前も王太子殿下に金を集りに行った訳か。まったく、急に、謝罪したいなどと使者を寄越すから、てっきり、金でもくれるのかと思ったのに」
「……えっ」
――謝罪?
シエルは、そんなことをしていたのか?
リーゼに一言も告げずに……。
レインウッドと、そう名乗っただけで、彼はリーゼの親族を探していたらしい。
(謝罪なんて……。殿下がする必要もないことじゃないの?)
どうして、あの人は、そんなところまで真面目なんだろう。
身体の奥底がカッと熱くなった。
今すぐシエルに抱き着いて、ちゃんと礼を言いたかった。
「てっきり善良ぶって、人気取りでもしたいのかと思ったけれど……。金もくれないんじゃ意味もない。それで? お前は何者なの? 殿下の次に、今度は私に金の無心に来たの? 悪いけど、私にはお前にくれてやる金なんてないよ」
「お金なんていらないわ。私がここに来たのは、殿下にこのような手紙を送ること自体、はしたないことだと、教えに来たのよ」
「はあっ!? 何だって?」
鞭をパシッと地面に叩きつけて、アイシャがリーゼを見上げる。
かつては、身長も同じくらいだったのに……。
アイシャは、この五十年で、縮んでしまったのだ。
「偉そうに。魔女はちゃんと金を寄越したよ。だから、王太子が私らに金を寄越すのは当たり前のことじゃないの?」
「……えっ?」
――魔女?
(ミゼルが?)
シエル同様に、思いがけない名前が出て来て、リーゼは呆然となった。
「何で? 魔女が、ここに来たというの?」
「来たよ」
アイシャは、苛立ちと共に即答した。
「昔、まだ私の両親が生きている時にね。リーゼなんて娘は、死んだようなもので、もういらないから、精々こき使ってくれと父様が言って……」
――いらない……か。
父なら、言いかねない。
リーゼは、親から捨てられたのだ。
アイシャは鞭を撓らせながら、ぺらぺらと喋った。
「魔女は金をやるから、金輪際、自分とは関わるなと言って去って行ったよ。まあ、口止め料だろうけど。姉は拷問でもされて、死んだのかもしないね。まあ、私の知ったことではないけれど……」
「……違う」
「何が?」
「それ、口止め料なんかじゃないわ」
(不器用過ぎる人……)
ミゼルは救いようのない家族を、リーゼから切り離してくれたのだ。
その金は、金輪際リーゼとの関わりを絶つようにと用意したものだろう。
『実家にでも、帰れば良いのに……』
ある時期から、ミゼルの口からぱたりと出なくなった言葉。
外に出てみろとは言われたけれど、実家にとは言われなくなった。
最初から、おおよその事情は知っていたのだろうけど、魔女はある時期にリーゼの家族を完全に見放したのだ。




