第70話 手紙
エレキアは事あるごとに、シエルがリーゼのことを意識しているのだと指摘してくる。
相変わらず暇を持て余して、人の恋路を面白がっているのだろう。
(嫌だな。期待なんかしたくないのに……)
恥ずかしいことに、エレキアに指摘されると、リーゼは、顔が真っ赤になってしまうのだ。
「……よく分かりません。貴方の指摘通り、小説を色々と読み返してみましたが、小説に登場する女性たちは、皆、聡明で、綺麗な人ばかりでした。私にあるのは、殿下より三倍長生きしているくらいで、他に何もないのです。殿下は素晴らしい方だから、心の底から私に同情してくださったんじゃないかと……」
「……まったく、もう」
ぼやきながら、エレキアはその場にしゃがみこんでしまった。
「どうしました? 熱? 体調が悪いのですか?」
本気で、リーゼは彼女のことを心配したのだが……。
「ばっかじゃないの!? いい? 貴方ねえ! 相手を好きになる理由があるから、惹かれるんじゃないんだって、いい加減、学習しなさいよ。殿下は身分のことだって関係なしに、貴方のことは手厚くもてなすようにと、使用人たちに指示まで出して行かれたのよ。変な恋愛小説だって、毎月届くように、配慮してくれて……。何、その高待遇? 私、腹が立つんですけど?」
「変な恋愛小説って……。いや、でも、すいません」
早口すぎて、半分何を言っているのか分からなかったが、リーゼはとりあえず頭を下げておいた。
しかし、エレキアの怒りは収まらないようだった。
「貴方がそんなだから、かえって、侍従長も仕事が頼み辛いのよ。どう、貴方のことを扱って良いのか、判断に困るでしょう? まあ、これ、私だから言えることだけど!」
「……えっ!? まさか、侍従長を困らせていたなんて。私、まったく知りませんでした。何と申し上げて良いものか。大変、申し訳なく……」
「だから、集団生活の浅いおばあちゃんは困るのよね」
図星すぎる。
大勢で過ごしたことがほとんどないから、リーゼは他人の感情に鈍感なのだ。
「まあ、それで、どっと落ちこまれても、迷惑だから、貴方は貴方の仕事を果たしてきなさいよ」
「はっ?」
エレキアはお仕着せの衣嚢から、一通の手紙を取り出した。
「ほら、貴方の仕事」
横長のしわくちゃの封筒を、リーゼの手の中に強引に捻じ込んでくる。
「それさ、殿下宛ての手紙。今朝、届いたらしいわよ。緊急かもしれないから、王都まで届けに来たっていう感じでどうかしら?」
「……エレキア?」
これに託けて、王都に行って来いと、彼女はリーゼを促しているのだ。
憎まれ口を叩きまくる人だけど、リーゼのことを考えてくれているらしい。
(そう……よね)
今なら、思い一つで彼のもとに行くことが出来る。
追って来るなと念を押されたけど、罰則があるわけでもない。
……だけど。
(私なんかが会いに行ったところで……)
リーゼは無力で、役立たずだ。
この局面で、自分がシエルに出来ることなんて、何一つないのだ。
(それに……)
再び会った時、彼が示してくれた好意が、リーゼの都合の良い妄想だと分かってしまったら、痛すぎる。
「何よ。どうしたの?」
「いえ」
考えがまとまらないまま、リーゼはおそるおそる、エレキアが差し出してきた手紙を受け取った。
……が。
「え?」
瞬間、リーゼは固まってしまった。
差出人の名前と見覚えのある筆跡。
――アイシャ=レインウッド。
間違いない。
それは、リーゼの末の妹の名前だった。




