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第68話 オズラルドと魔女ミゼル

◆◆


 ――それは、遠い昔のことだ。


 オズラルドは魔女ミゼルに会ったことがあった。


 余命幾何もないからと、サロフィン城に移り、少しは大人しくなったと兄は口にしていたが、彼女は相変わらず水面下でこそこそと動いているようだった。


 いや……。

 こそこそではなかった。

 爆発していた。


 夏の晴れ間に、突如暗雲をもたらし、雷を呼ぶ。

 オズラルドは人の意思によって落雷が起こる様を、生まれて初めて目にしたのだった。


(魔法……。本当に、こんなことができる人間がこの世にいたのか?)


 爆風に長い黒髪が逆立ち、白い外套が翻る。

 何度も目を擦ったが、それは現実の光景だった。

 しかも、噂で聞いていた魔女は老婆のはずだったのに、オズラルドが目にした魔女は黒髪の妙齢の女だった。

 女はオズラルドを発見すると、気安く呼んだ。


『何だ、王弟じゃないか。私を退治しに来たのかい?』


 そうだ……とは安易に言えなかった。

 奇妙な術を、易々と使いこなす女。

 確かに、父も兄たちも、彼女の言うことを無視できないはずだ。


(王が魔法とは「奇術」の類だと言い触らしていたのは、得体の知れない術に対する恐怖からか……)


 下手に逆らうより懐柔した方が、マシだろう。


『ふーん。せっかく良い目をしているのに、勿体ない』


 魔女は、オズラルドと目が合った途端、そう言った。

 何が勿体ないのか……?

 初対面のオズラルドの何を彼女は知っているというのだろう。


『鬱屈しているね。自分の実力はこんなものではないと思って、怒りを溜めいている目だ。……違うな。それがお前の実力なんだよ』


 魔女の瞳は、いろんな色彩を宿していた。

 金色に見える時もあるし、赤く見える時もある、碧色にも、青灰色にも、くるくると変わる、何処にもいるようでいない。

 気色が悪い。

 オズラルドは魔女との距離を取った。


『魔物が何を言う?』

『私は魔物……か』


 ミゼルは笑っていた。

 侮蔑の言葉も武器にはならない。

 …………敵わない。

 生きてきた年数と、潜ってきた修羅場が違い過ぎるのだ。


『なあ? たとえば、何もかも分からない能天気な莫迦と、中途半端に分かってしまう不器用な莫迦。お前なら、どっちが良い?』

『どちらも、莫迦ではないか?』

『人間なんて、おおよそ莫迦だ。王族だろうが、奴隷だろうが、それは変わりないよ。もちろん、一部に天才はいる。莫迦が突きぬければ天才だ。ただ一念。それだけに、命を懸けられるか否か……』

『それで? お前はどちらなんだ?』


 オズワルドが尋ねると、魔女は意外なことを答えた。


『私は、中途半端な莫迦の方だよ』


 てっきり、自分は天才なのだと、自画自賛に走るのだろうと思っていた。


『世間からのはみ出し者だから、魔法を使うのさ。私は未熟な人間だ。だけど、人はしょせん、己の性分からは逃れられない。大切なのは、それを逃げだと判断するか、その性分の中で精一杯足掻くことができるか……だ』


 雲の隙間から再び漏れ出した陽光の中で、魔女はおもいっきり伸びをしていた。


『私は足掻くことにしている。自分では及ばないことも、誰かがしてくれれば良い。限りある生の中で、種を蒔き続ける。その中には枯れるものもあるはずだが、花になって咲くものもあるだろう。それで、お前はどうなんだ? 一念……突き抜けることはできないだろう? 自分のために生きたいか? ならば、それこそ、水遣りに励むんだね。……お前に、王は無理だ』


 ――無理だ。


 断言された。


 しかし、感情の色が窺えない魔女に、怒る気持ちも、恨む気持ちも生まれなかった。

 その後、何度か魔女に接触を試みたものの、ついにオズワルドは、彼女に会うことは叶わなかった。

 出来ることなら、もう一度尋ねてみたかった。


 ――自分の歩んできた道は正しいのか?

 ――もっと、他に道はなかったのか?


 心の奥で、未だに色褪せない、魔女の姿があった。

 ミゼルの何処か壊れたような微笑が忘れられない。

 こちらが手を伸ばしたら、彼女は跡形もなく消えてしまった。

 もしも、魔女に再び会うことが出来たのなら……。

 そうしたら、オズラルドは自分を取り戻すことができるのだろうか?


(……くだらない)


 そんなことは有り得ない。

 魔女は死に、種は花になる前に、すべて枯れてしまった。

 きっと、オズラルドは水遣りを怠っていたのだ。

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