第63話 謝罪
◇◇
うだうだ考えているうちに、空が白み始めて、リーゼは慌てて、シエルに会って話したいことがあるのだと、彼の衛兵に伝言を頼んだ。
レイモンドがいれば、すぐに届く言伝も、なかなか答えがなくて、正午近くになって、ようやく少しの間なら……と、返事があった。
シエルは約束通り、昼下がりに、食事の後片付けをしていたリーゼのもとに姿を現した。
あの夜から、まともな会話をシエルとしていなかったリーゼは……。
「殿下……。お忙しいところ、お呼び立てしてしまい、申し訳ありません!」
言うだけ言って、緊張のあまり、目も合わせられなかったのだが……。
「ほら! いいから、ついて来て!!」
「え、あ? 君、ルリ?」
青い鳥に化けて登場したルリが、気まずい空気も、何もかも、吹き飛ばしてしまった。
「何? 鳥になったら悪いわけ?」
「いや、悪くないけど……」
「さあ、早く!」
「ま、待ってよ!! ルリ!?」
確かに、シエルと顔を合わせることに、不安がっていたリーゼに、どうにかしてあげる……と、ルリは話していたが、それにしたって、めちゃくちゃだ。
ルリは問答無用で、城の真横にある蔦に覆われた古びた塔に、シエルとリーゼを導いた。
元々、リーゼも、ここにシエルを案内するつもりでいたのだが、それでも、前置きくらいはしたかった。
まあ、でも……。
(殿下、怒ってないみたいだから)
ほっとした。
彼は以前のような、柔和な態度で、鐘塔の最上階に先導するルリに従い、リーゼにも微笑みかけてくれたのだ。
「この城は一通り回ったつもりでいたけれど、ここまでは、さすがに足を伸ばさなかったな。それにしても、随分と急な階段だね?」
軽口を叩くくらい、以前のように気安い。
(良かった。これで、むすっと黙っていらしたりしたら、どうしようと思っていたのよ)
嬉しくなって、リーゼは舞い上がりながら、話してしまった。
「そうですよね! この塔、私がここに来て、しばらくしてから、気まぐれにミゼルが手作りしたんです。ミゼルは魔法でここに行き来していたから、上る人のことなんて、考えてもいなくて。まあ、魔力で掃除もしてくれているので、手間要らずでいいんですけど。私もここに来るのは、十五年ぶりで」
「……十五年?」
目を丸くしたシエルが「私が五歳の時か」と、真摯に呟いていたので、リーゼは、おかしくなってしまった。
(四十八歳差だから、当然なのに)
やはり、シエルは気さくで、面白い方だ。
二人の距離は、三百段の階段を上りきるまでに、すっかり元通りになっていた。
「あー……。やっと着いた」
「頂上は、城の最上階と同じ高さらしいですよ」
激しい運動をしたので、二人共、汗だくになってしまった。
高所であることと、ミゼルが積み上げた石壁が通気性抜群だったのか、火照った体を冷やしてくれた。
(……さて)
呼吸も整った。
あとは、伝えるだけだ。
頂上に着いたら、リーゼはシエルにすべて告げるつもりでいたのだから。
(早くしないと、殿下の護衛の方も追いついてしまうわ)
忙しい方だ。
リーゼに付き合っている時間だって、ないだろう。
「……殿下。あの」
リーゼは、ごくりと息をのんでから、姿勢を正した。
……しかし。
シエルの方が数瞬、早かった。
「ねえ、リーゼ。聞いてくれる?」
落ち着いた、よく通る高貴な声。
否定する理由がないリーゼは二つ返事で、シエルに話を譲った。
「リーゼ。私は、先日、君に誤解を招くようなことを言ってしまったね。本当に申し訳なかった」
「な……っ」
目と鼻の先で、深々とシエルが頭を下げてきたので、リーゼの方が罪悪感で押しつぶされそうになってしまった。
「何で謝罪されるのですか? やめてください! あれは、私が悪かったのですから。殿下は、何一つ悪くありません」
「いいや。君は悪いことなんて、何一つしていないよ。すべて、私のせいなんだ」
「違います! 私が年甲斐もなく、気持ち悪い格好をしたからで。とんだお目汚しを、失礼して……」
「ちがっ……!」
「はーい、はい! 別に、どちらが悪いかなんて、どうだっていいよ。リーゼが王子に嫌われたって、落ちこまないで、寝不足にならないで済むなら、ルリはそれでいいから」
あからさまに、掻き乱す目的で介入してきたルリの一言に、シエルが動揺していた。
「寝不足なの? リーゼ」
「いえ、そ、そんなことは……。ルリ、貴方ねえ! 私は大丈夫ですからね」
とりあえず、リーゼは、愛想笑いを浮かべてみたが、すべて無駄だった。
シエルが、悄然と肩を落としている。
「悪かったね。私が不甲斐ないばかりに。君を困らせてしまって」
「違います。私が……」
「リーゼ。本当に君のせいじゃないんだ。あの時、私は……自分が怖かったんだ」
「えっ?」
「今まで、ずっと君が引いてきた境界線に、私は合わせてきた。ものすごい年上だとか、身分差だとか……。同情だって、思っている方が楽だったから。でも、ラグナス国王が思いのままに君に求婚していたり、いつもと別人みたいな君がいて。私は君に何をするか、分からなくなってしまって、怖かったんだ」
「えー……っと。それは、一体、どういう?」
さっぱり意味が分からず、リーゼが小首を傾げていると
「そうだよね。分からないよね」
シエルが、小さく笑っていた。




