第61話 宝珠のありか
(ああ、そういえば……)
昔の記憶が、ふと蘇る。
『なぜ、結婚式でも葬式でも、鐘の音を鳴らすのか、お前は知らないだろう。リーゼ? 鐘を鳴らすという行為自体が、魔法なんだよ。あれを鳴らすことで、出発の合図を周知する。ここの鐘も一日の始まりと終わりを告げる合図として、音色にはこだわったつもりだ。私の魔力の大半を注ぎ込んで造った自信作さ』
生前、ミゼルはそんなことを得意げに話していたものだった。
「……鐘」
このサロフィン城に、設置されている大鐘。
朝夕の時刻を報せるために、勝手に鳴るようにミゼルが仕掛けた魔力の塊だ。
どういう訳か、ミゼルの死後も消えることなく、今も、毎日時を教えてくれている。
この城の不可思議なことは、すべて、あれの魔力によるところが大きいのだ。
(願いを叶える宝珠だなんて、聞いたことはなかったけれど……。でも「宝珠」だからこそ、あの鐘がミゼルの死後も消えることなく、動いているのだとしたら?)
余りにも身近過ぎて、リーゼはすっかり忘れていた。
(嫌だわ。人間七十年近く生きていると、こんな重要なことも見落としてしまうのね)
確証はない。
だけど、シエルに報告する必要性は十分あるだろう。
「……あのさ、ルリ」
「今度は何?」
尻尾を揺らして、ルリは本を読んでいるリーゼの膝に飛び乗った。
相変わらず、のらりくらり。
緊迫した国の状況などお構いなしに、ルリはミゼルの創りだした世界軸で生きている。
「昔から気になっていたんだけど、ルリって、一体、何歳なの?」
「さあ。気が付いたら、ミゼルが創ってここにいたから、覚えてないかな」
「そっか」
少なくとも、リーゼがこの城にやって来た五十年前から、ルリはミゼルと共にいたはずだ。
(長い付き合いだったわね)
人ではないから、じれったい部分もあったけれど、辛い時もしんどい時も、当たり前のようにリーゼの隣にいてくれた相棒だった。
「あのね……。ルリ。もしも、もしもよ。私と一緒に消えることになったとしても、その……大丈夫かな?」
「はっ?」
「いや、まだ決定ではないのよ。もし、宝珠というのが存在して、それを使ったとしたら、魔力が一気になくなって、消える可能性もあるかもしれないって。私が老いて死ぬのか、ルリが消えるのか、それとも二人共消えるのか、まだ全然、分からないんだけどさ」
「わざわざ、何でそれを聞くの? 嫌だって言っても、いつかその日は来るわけだから、別にどうだっていいよ」
「そう……。なら良いんだけど」
リーゼは静かに微笑して、開いていた小説本をぱたんと手の中で閉じた。
(これで……良いのよね)
万が一のことを考えておかないと……。
収集した恋愛小説本の山が他人に見つかってしまう前に、エレキアにあげてしまおうかと、リーゼは真剣に考えていた。




