第60話 探すしかない
「でも、この状況で殿下が私のことを嫌いじゃないというのが、考えられないっていうか……」
「……けど、あの王子。リーゼのこと、いつも部屋から眺めているよ。仕事中のリーゼのこと、じいっと眺めているんだ。普通、嫌いな人のことは、目で追わないよね? もしかしたら、仕事の粗を探ししているのかもしれないけど。……要するに、気持ち悪い」
「ちょっと待って。殿下は私のことを見ているって?」
「うん。張りつめた顔して、見ている。今にも爆発しそうな感じで……」
途端に、リーゼは顔面蒼白になった。
「つまり、殿下は、私の至らなさを、改めて、監視しているってことじゃないの?」
「はあっ!? どうして、そうなるのよ!? もうっ!」
エレキアは怒声を上げながら、机の上に無造作に置かれていた小説数冊を、乱暴にリーゼに投げて渡した。
「な、何ですか、一体?」
「貴方……。精々、大好きな恋愛小説を入念に読みこんでみなさいよ。うっかり分かる時も来るかもしれないから。あー……。お労しいわ、殿下。よりにもよって、こんな若作りどころか、心が幼年期のバアさん。殿下とて自分が情けなくなるでしょうよ。私が泣きたいくらいだわ」
「はっ? どうして、エレキアが?」
「うるさいのよ! 少しは察しなさいよ」
早口で、勝手に捨て台詞を吐かれた挙句、答えを教えてくれないままに……。
「バーカ、バーカ!」
リーゼとルリを交互に罵倒してから、床を踏み鳴らして、扉も開けっ放しのまま、エレキアは出て行ってしまった。
心が幼年期だとリーゼのことを罵倒していたが、絶対に、彼女の方が幼年期だろう。
「……私、何だか、エレキアにも嫌われてしまったみたいだわ」
「いいんじゃない? むしろ、その方が清々すると思うよ」
ルリはしれっと言った。
どうして、こうなるのだろう。
ただ対等に付き合いたいと思っているだけなのに、ややこしくなってしまうのだ。
(この状況を変えたいのなら、やっぱり探すしかない……か)
シエルが探していた魔女ミゼルの宝珠。
それさえ、見つけることが出来たら、彼はリーゼとまた普通に話してくれるかもしれない。
(少しは、喜んでくださるかしら?)
シエルは、きっとこの国のことを願うはずだ。
そうしたら、ラグナス王国との関係も良好になって、オズラルド大公の件も落ち着いて、シエルは国王となって、幸せな結末を迎えることが出来るのだろうか?
(分からないな。ミゼルが何処にそんなモノを隠したのか?)
手の中にすっぽり収まった、リーゼ自慢の恋愛小説をぱらぱらと捲って、気の利いた最後の挿絵に描かれた、結婚式の風景に目を細める。
恋愛小説の最後は、いつも二人が結婚式を挙げて、幸せな最後を迎えるのだ。
教会で神に愛を誓い合う。
リーゼには一生縁のないものだった。
羨ましいなんて、そんな感情、とっくの昔に捨ててきたはずなのに……。




