第53話 敵は身内にいる
◇◇
元々、お忍びでサロフィン城にやって来たラグナス国王・アルフェイドは、言いたいことだけ言って、日が完全に沈む前に帰ってしまった。
『求婚の返事は、次でいいから』
頭の痛い土産だけを残して……。
(……次って、何よ?)
それだけではない。
何より……。
『敵は、ラグナスだけではない』
聞き捨てならない言葉だった。
(あの口振りからして、ラグナス国王は相当な自信を持っているようだったし…)
一体、アルフェイドは何がしたかったんだろう?
嵐のようにやって来て、嵐のように行ってしまった。
おかげで、サロフィン城内は夜になっても、その言葉の真意の確認に追われ、騒々しいままだった。
「もしかしたら、あのようなことを言い出して、こちらの結束を壊そうとしているのではないでしょうか? それこそが、ラグナスの策なのだと思います。ここは、ひとまず落ち着いて……」
青い顔したレイモンドは、シエルに落ち着くようにと必死に宥めていたが、彼の方が浮き足立っているようだった。
執務室の椅子に腰を掛けたシエルは、険しい表情のままだった。
取り巻きの家臣たちは、煽るばかりでかえって混乱が広がってしまい、シエルから皆下がるように命じられてしまった。
……結果。
執務室には、シエルとレイモンド、そして指名されたリーゼの三人しか、残らなかった。
(なぜ、私も?)
その答えは、すぐに分かった。
「リーゼ。ラグナス国王はね、ミゼルと話したことがあるんだよ」
「……え」
シエルは、まず、それをリーゼに話したかったのだ。
「すまなかった。王は、最初から、君の変装に気づいていたんだ。私がもっと早く、君にそれを伝えることができていれば……」
「い、いいですって。そんな……殿下が謝ることではないですよ」
愚かなのは、勝手にしゃしゃり出てしまったリーゼの方なのだ。
思い出すと、恥ずかしくて消えたくなるが、自分で蒔いた種なのだから、仕方ない。
しかし、分からないことがあった。
ミゼルは生前リーゼに、そんなことを話したことがなかったのだ。
「……私、ミゼルから、ラグナス国王と繋がりがあったなんて、聞いたことなかったんです」
「うーん。だけど、ミゼルって言う人は、そういうこと、わざわざ言う人じゃないんでしょう?」
「……まあ、確かに」
――そうかもしれない。
嘘は嫌いだが、誤魔化すのは得意な秘密主義だった。
「ミゼルは魔法が使える。鳥……ルリを介して、王城に遺言を託しに来たことも、君は知らなかっただろう。同じ手を使って、アルフェイドに近づいた可能性もある。……だから、彼がミゼルの終の住処を訪れてみたかったというのは、本音だと私は思うんだ」
「だからといって……。あの方を信用することは」
「分かっているよ。リーゼ。だけど、この城では政治の話はしないと言っていたアルフェイドが、暗に内部に敵がいるのだと私に伝えてきた。……本当のことなんじゃないかな?」
「そんな人間、この国には……」
言いかけて、レイモンドが言葉を詰まらせた。
そんな人間ばかりなのだという現実を、彼も分かってはいるのだ。
「信じたくはないけれど、ラグナス国王がわざわざ知らせて来るような危機だ。裏切り者……。誰か大物が動いているに違いない」
シエルは、脳内で考えをまとめているのだろう。
眉間を揉みながら、答えを探っていた。
「しかし、殿下。大物といったところで、そんな気骨のある貴族なんて、私の頭の中にはいませんよ?」
「一人だけいる」
ひとしきり迷ったあげく、シエルは溜息と一緒に呟いたのだった。
「……叔父上だ」




