第52話 求婚
……案の定。
「……まあ、俺は大魔女殿が本物であろうが、偽者であろうが、別にどうだって良いんだが、健気に、この王太子のために、芝居を打とうとしている。そういう芯のある女は好ましいな」
「…………」
バレている。
確信すら抱いている口調だ。
完全に、アルフェイドにリーゼの正体は見抜かれている。
(もしかして、最初から? 私は一体何のために……)
しかも、リーゼのことを好ましいとか、何とか言っていたようだが?
(馬鹿にしているの? それとも、挑発?)
ともかく、これがきっかけで戦争が始まってしまったら、リーゼのせいだ。
このまま強行突破で芝居を貫くか、それとも潔く偽っていたことを認めて謝罪をするか……。
(どうしよう……)
呼吸すら止めて、その場で硬直したままのリーゼだったが……。
その冷たくなった手を再び握ってきたのは、アルフェイドだった。
「なあ、可愛い魔女殿。あんた、いっそ、俺の妻にならないか?」
「…………………へ?」
「安心しろ。俺は独身だぞ。俺は貴方が何者であっても、構わないし、護りきる自信があるんだけどな」
(な、何なの? この人?)
動悸が酷いのは、恐怖心のせいだ。
(まさか、こんな形で初めて求婚されるなんて、笑い話にもならないわよ。嫌がらせのつもりなのかしら?)
……それでも。
もし、リーゼがラグナスに行くことで、シエルが救われるのなら?
(二つの国が仲良くしてくれる、きっかけになるのなら、それもいいんだろうけど?)
国内事情が芳しくないと言うのなら、ラグナスが中立になるだけでも、シエルは動きやすくなるはずだ。
――しかし。
(どうしたって、私は、この城から出ることはできないのよ)
交渉にすらならない。
どのみち、アルフェイドの提案に乗ることなんて出来やしないのだ。
いっそ、すべてぶちまけてしまえたら、アルフェイドの誘いを断る正統な理由にもなるだろうか?
「……私は」
――が。
答えようとした矢先、シエルがリーゼの前に猛然と立ち塞がった。
「え?」
「駄目ですよ。彼女は陛下のところには行きません。御忠告には感謝していますが、後のことは、私の方で何とかします」
きっぱりと言い放ったシエルは、いつもの彼ではなかった。
視界に入るのは、彼の怒っている背中だ。
アルフェイドを威嚇している。
双方の護衛が即座に動いたが、アルフェイドが「動くな」と一喝したので、皆、人形のように、静かになった。
息遣いも聞こえないくらい、緊迫感で凝り固まった空間。
その場を一変させたのは、アルフェイドの高笑いだった。
「あはははっ。威勢の良いことだな。王太子殿下。まず、貴殿の敵は俺じゃない。そんなことすら見えていなかったくせに、貴殿に一体、何を変える力があるというのか?」
「……分かりません。私にも。でも、今から見つめ直すことは出来るはずです」
「手遅れかもしれんがな」
「間に合わせます。彼女も、絶対に貴方のもとには行かせません」
シエルが口先だけではなく、リーゼを行かせまいと、腕を横に出して必死に止めている。
そんなことしなくても、どうせ、リーゼは何処にも行けやしないのに……。
(健気なのは、殿下の方よ)
こんな時なのに、胸がじんと温かくなっている自分に、リーゼは情けなくなってしまったのだった。




