第44話 諦め
「宝珠……宝の珠だから……。球体?」
「私も正確に、どんなものかは分からないんだ。魔女が亡くなる少し前、王城に来て、「宝珠」のことを遺言をしていったんだよ。大魔女ミゼルは何でも願いを叶えることのできる「宝珠」を持っている……と。父も、私だって最初、信じていなかったけれど、今回、隣国と戦争になるかもしれないって切羽詰ってくるとね、そういう話にも縋りつきたくなってしまって……」
何だ。それは?
そもそも、ミゼルが王城に行ったなんて話自体、リーゼは初耳だった。
「君の態度を見ている限り、それの居場所を知っているようには思えなかった。最初は、魔法のことも含めて、君の芝居なのかとも思っていたけれど……。今となっては、逆に、もし、そんなものがあったのなら、とっくに、リーゼが自分の呪いを解いているかなって……」
「……わ、私は」
「レイモンドは、君がミゼルから、それと聞かされていなくて、知らないうちに守っているものが宝珠なんじゃないかって、話してはいたけれど……。いや、違うね。…………私とて、分かっているんだ」
「……殿下」
そんなもの、知らない……なんて、リーゼは答えたくなかった。
自分と初めて真正面から向かい合ってくれた、シエルの役に立ちたかった。
――私は使い捨て……。
エレキアの言葉の意味が、よく分かった。
宝珠の場所が分からなければ、リーゼは用済みなのだ。
(でも、私……本当に心当たりなんて何も……)
嘘を吐くか?
しかし、この緊迫した状況で嘘を吐くなんて、到底無理だ。
動揺しながら、だけど、誤魔化せなくて、リーゼは深々と頭を下げた。
「ごめんなさい……。殿下、私はミゼルから何も」
「ああ、いいんだって。気にしないで欲しい。私は、それを確認したかっただけなんだ。そんな都合の良いものがあるはずもないって……。本当は、最初から気づいていたんだ」
「私、急いで探してみます。もしかしたら、ルリとか、何か知っているかもしれないですし。ミゼルは気まぐれたがら、どっかに忍ばせて隠して、置いているのかもしれません」
「いや、気まぐれな魔女だからこそ、私や父を、からかいたくなっただけなのかもしれないよ」
シエルは淡い微笑を湛えて、ようやくリーゼの方に振り返った。
綺麗な金髪は、日向にある方が映える。
彼自身が、光り輝いているようだった。
『心の綺麗な善人ほど、早く死んじまうもんだよ』
どうして、こういう時に限って、ミゼルの不吉な台詞がリーゼの脳裏を掠めるのだろう。
「今回のラグナス側の誘いは、私だけならともかく、他の者達の身も危険に晒すかもしれないからね。丁重に断って、私は王都に戻ろうと思う。ここが戦場にならないように、私も王都から出来る限り、手を尽くすつもりだよ」
柔和な話し方……。
リーゼを不安がらせないように、配慮しているのだ。
分かっている。
この方が、リーゼを本気で利用しようと思えば、もっと簡単な方法があったのだ。
今だって、シエルから、必死に探せと命じられたら、リーゼは頑張って探すだろう。
だけど、シエルは無理強いをしない。
(この方は、諦めているのよ。……もしかしたら、この国の暗部を一人で背負って、責任を取ろうとしているのかもしれないわ)
ここに来たのは、時間稼ぎもあったのか?
……だとしたら?
「駄目です!!」
リーゼは、初めて声を荒げた。
いつもなら羞恥で下を向いてしまうところだけど、後悔はなかった。




