第43話 願いを叶える道具
「リーゼを驚かせないでくれよ。レイモンド」
「殿下。軽口を叩いている暇なんてないのです。いいですか? 貴方様はこの国の王太子です。王都で指揮を執る側の御方なのですから、帰るのが妥当だと、私は申し上げたのです」
しかし、シエルはレイモンドの激しさとは対照的に、怖いくらい、穏やかだった。
「分かっているよ。帰るのが一番いいんだろう。だけどね、戦争なんてした日には、我が国はすぐに負ける。やる気だけあったって、どうにもならないんだ。お前だって分かっているはずだ。だったら、王都にいようが、ここにいようが、危険なのは変わらないんだ」
そんなふうに、あっさり負ける時のことを考えて欲しくなかった。
リーゼは必死の形相で、シエルとレイモンド双方の顔を眺めながら叫んだ。
「わ、私! もし、ラグナスの宰相がここに来たら、ルリにお願いして、嫌がらせします! 扉を開閉させたり、動物に変化したルリに喋ってもらったり、それでも、駄目で、毒を盛れとおっしゃるのでしたら……」
「違う、違う。リーゼ。怖いことを言うんじゃないよ。私がそんなことを君に頼むはずないじゃないか。我が国から暗殺なんて仕掛けたら絶対に駄目だ。出来ることなら、戦争なんてしたくないんだから。ラグナスの要人を毒殺なんてしてしまったら、この辺り一帯、焼け野原になってしまうよ。……だから、私が君をここに呼んだのはね……」
そこから、シエルは逡巡したのだろう。
だいぶ間を取ってから「リーゼ」と掠れた声で呼んだ。
エレキアに名前で呼ぶのは、リーゼだけだと言われた直後だったので、リーゼは妙に緊張してしまう。
「なっ、何でしょうか?」
平静を保って問いかけると、シエルはレイモンドを視線で外に追いやった。
「レイモンド様は?」
「ああ、少し君と二人で話したかったから、レイモンドには外に出てもらうことにした」
「そう……ですか」
リーゼは目を瞬かせながら、背を向け、後ろ手を組んでいるシエルの次の言葉を待った。
何度かの溜息の後で、シエルは覚悟を決めたのだろう。
ようやく話し始めた。
「私は君に謝罪しなければならないことが多すぎるね。リーゼ。私がここに来た本当の理由を話しておくよ」
「本当の理由?」
「何か含みがあることは、気付いていたんでしょう?」
「すいません」
「どうして、謝るの? 私の方が君に怒られても仕方ないのに……」
「私が殿下に? 滅相もありません! ここは王家所有の城です。怒る理由なんて私には微塵もありませんよ」
「でも、私は君に隠していた」
シエルが、柔らかく微笑して目を伏せた。
緊張しているようだった。
お日様のような王子様にそんな顔をさせている方が、リーゼには居た堪れなかった。
「殿下。大丈夫です。私に出来ることなら何でも協力しますから、どんと話して下さい。一体、殿下は何を探していらっしゃるのですか?」
「宝珠……だ」
「えっ?」
初めて聞く単語に、リーゼは目を丸くした。
「ほう……じゅ?」
「魔女がこの城に遺した「願いを叶える道具」のことだよ」
「そんなものが……」
本当に、この城にあるのか?
(何てこと……)
リーゼは、知らない。
魔女に出会ってから、一度だってそんなモノの存在を耳にしたことがなかった。




