第41話 嫌な予感
(ラグナス王国……。まだ存在していたの?)
大昔に、ラグナスとは戦争をしたことがあると、話には聞いていた。
サロフィン城が対ラグナスの前線として、築かれたことも、魔女から口を酸っぱくして言われていたので、リーゼは知っている。
城内から、ラグナスと丁度国境を分けているローム山脈を眺めながら、魔女はせせら笑ったものだった。
『あの時の戦争は、本当に悲惨だったねえ。兵士や騎士団だけではない、大勢の民衆が犠牲になったものだ。結局、消耗戦に両国とも疲弊して、勝ち負けもなく、和解したんだよ。不毛な争いだったね』
ちなみに、戦争があったのは百五十年前。
リーゼは話の内容よりも、魔女の年齢の方に驚いたものだった。
(そのラグナスとの関係が、今、上手くいっていない……と)
そんな話、シエルから一度だって聞いたこともなかった。
隣国の話自体、リーゼは彼と話したこともない。
「国王が代替わりしてから、ラグナスは、どんどん領地を拡大させているらしくて、次はユリエットなんですって。でも、まあ我が国には、王太子殿下もいらっしゃるし、楽勝でしょう」
「いやいやいや……」
そんなはずない。
平和ボケが過ぎて、簡単に捻り倒されてしまうのではないだろうか?
いくら、シエルが優秀であっても、軍隊がちゃんと機能していなければ、おしまいだ。
リーゼが実家で暮らしていた五十年前から腐敗しきっていた国だ。
そう簡単に改善されているようには思えなかった。
「しかし、だとしたら、益々謎ですね。どうして、殿下御自ら、こんな危なっかしい場所にやって来たのでしょう? 下手したら、真っ先に戦争の矢面に立つことになるのに……」
「王太子殿下は、責任感が強い御方なのよ」
エレキアはそっぽを向いて、呟いた。
(言いたくない……か。それとも、本当に何も知らないのか)
「責任感とか、そういう類の問題ではないと思いますが……」
「何が言いたいのよ?」
「いえ……。私は別に。ただ変だなって思っただけで」
シエル自身の主張があったとしても、次期国王を、危地に行かせる許可を、国王が出すはずがないのだ。
それなのに……。
彼は随分と長い時間、一番危険な場所に居座っているのだ。
(やっぱり、ミゼルと関係があるのかしら?)
――あの夜。
自分に出来ることなら、如何様にでもすると宣言したリーゼに対して、シエルはかなり動揺していた。
何かあるとは確信しているのだが、思い当たる節がないので、聞き出すことすら出来なかった。
「ああ、リーゼ! こんな所にいたのですか!」
つい最近になって、少し和らいだ表情を見せるようになったレイモンドが小走りで、リーゼの前までやって来た。
「王太子殿下がお呼びです。至急、私と一緒に来て下さい」
「至急?」
「駆け足で……」
――よほど、急いでいるようだ。
真っ昼間から、シエル自らの呼び出し。
政務絡みだとすると……。
――嫌な予感しかしなかった。




