第38話 悪態
◇◇
――シエルがサロウィン城にやって来てから、三カ月近くが経過していた。
多忙なシエルとは、あれ以来、リーゼもほとんど会えてなかったが、それはそれで助かっていた。
(裏庭を片づけている時に、一度だけ、すれ違いで殿下を見かけたことはあったけど)
……声すら、かけられなかった。
彼はレイモンド相手に剣の練習をしていて、その姿を目にしただけでリーゼの心拍数は、おかしなことになってしまったのだ。
(まあ、殿下が私からラシャ熱伝染してないか、心配だったから、元気そうな姿が見られて良かったんだけど)
シエルの三倍も生きているのに、未熟過ぎて、自分が嫌になる。
今、シエルと顔を合わせてしまったら、恥ずかしくて、逃げ出してしまうかもしれない。
あの後、ルリに泣き腫らした顔の理由を誤魔化すのが大変だったのだ。
もっとも……。
シエルと会えない分、リーゼの仕事は、逆にはかどっていた。
あの夜の後、レイモンドが何やら指示を出してくれたらしく、リーゼに対する嫌がらせは、ぴたりと止んだのだ。
(相変わらず、腫物に障るような感じだけど、重労働に喘ぐよりは、マシだわ)
おかげで、リーゼは看病に徹することができた。
ほとんどの娘たちが、全快しつつあったが……。
一人、長引いている娘もいた。
(でも、あの子もしっかり食事が摂れているので、大丈夫よね)
気にかけてはいるが、その娘はあえて放置していた。
――というより、正確には、あまり会いたくないというか……。
その少女は少し前、リーゼの陰口に花を咲かせていた面々の一人なのだ。
少しばかりリーゼも私情が入ってしまって、対応が硬くなってしまうのは、自分でもやむを得ないことだと、折り合いをつけていた。
「昼食です。ここに置いておくので召し上がってください」
「…………」
無視されている。
(仕方ない……)
彼女もリーゼに弱みを握られているのが嫌なのだろう。
いつも、むすっとしていて、愛想が悪かった。
(反抗期の子供を持つ親の気持ちってこんななのかしら?)
子供はおろか、結婚すらしなかったリーゼだが、そんなことを考えてしまう。
とにかく部屋の換気は大切なので、リーゼは無言で窓を開けた。
今回、病人が多かったこともあって、魔女が使用していた豪華な寝台は撤去したが、丁度その子のいる辺りでミゼルは療養していたのだ。
(これ話したら、この子……きっと震えあがるだろうな)
内心くすりと笑ってみるが、少し虚しい。
この部屋はリーゼが極力訪れないようにしていた場所だった。
ミゼルは、もうこの世にいない。
その現実と直面してしまいそうで、リーゼは避けていた。
(あんな人でも、四十年一緒にいたわけだから)
思い出すと腹も立つが、そういう感情を越えてしまった何かは確実に二人の間にあったとは思う。
『私は明日にでも死ぬよ。良かったね。お前にとっては、やっとじゃないか。祝杯の準備でもしてな』
最期まで、悪態をついてきた。
ミゼルに比べれば、この娘の態度など可愛いものだった。




