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第33話 シエルの優しさ

「ありがとうございます。殿下……。でもね、そこまで悪いわけでもなかったんですよ。魔女は一応、三食つけてくれて、こうして私室まで与えてくれた。色々あったけれど、いざ死んでしまうと、あの人の気まぐれな優しさを、懐かしく思うことだってあるんです」

「君は、お人好し過ぎるんだ」

「そんなことないですよ。むしろ、私、性格悪いですから」

「性格の悪い人が、四十年間も他人の世話なんかできやしないよ」


 シエルが断言した。

 そんな心優しいことを、毅然と口にしないで欲しかった。

 それこそ、リーゼは自分の悪いところしか思いつかなくなる。


「十年前、私が見たのは君だったんだね? リーゼ」


 そして、シエルは、あっけなくリーゼの隠したかったことに、辿り着いてしまった。

 黙っていてくれれば良いものを、あえて確認するから、しんどい。


「……ええ。はい。それは、私です」


 誤魔化せないなら、大人しく降参するしかなかった。


「十年前のことは、よく覚えています。魔女は三カ月くらい寝たきりになって、衰弱して亡くなりましたが、殿下がいらっしゃった時期は、少し弱っていたくらいの頃だったんじゃないでしょうか……。私は外でよく本を読んでいましたから……」

「恋愛小説は、魔女ではなく、君の愛読書だったわけか」

「………私の現実逃避の材料でしたね」

「逃避というより、君は、あの世界に憧れていたんでしょう?」


 シエルの澄んだ瞳がリーゼの奥底を抉るように、真実を浮かび上がらせる。

 夜なら、もっと暗くなってくれていれば、彼の顔も表情もよく分からなかっただろうに、明るい月のせいで、すべて露わになってしまうのだ。


「そう……。憧れだったのかもしれません。死ぬ前に、せめて、誰か異性と手くらい繋いでおきたかったなって思うことはありました。あっ、介護で握るとかではないですよ」

「どうぞ」

「はっ?」


 何のためらいもなく、シエルがリーゼの右手に自分の手を絡めてきたので……。


「な、な、何っ?」


 城中に轟くほどの悲鳴を堪えるのに、リーゼは苦労した。

 事もなげに、シエルは、なんてことをするのだ。


「私で申し訳ないけれど……。一応、異性にはなるだろうから」

「滅相もない。私、そんなつもりじゃなくて。その……私、殿下に強請ったわけではないんですよ」

「分かっているよ」


 温かい骨張った手の感触が生々しくて、リーゼはどきどきしながら、自分の手が冷たすぎることと、荒れてかさかさになっていることを思い返していた。


「殿下……。やっぱり、畏れ多いです」

「嫌かな?」

「私、今日は病人の世話もしていましたし、良くないと……」

「ちゃんと消毒くらいはしていたでしょう。他の仕事だってしていたんだから」

「しましたけど……。いや、もう、身に余る光栄すぎて、失神しそうなんです」

「失神……か。本当に面白い人だね。君は」

「……殿下。私、六十八歳なんですよ」

「そうだしても……。私には十八歳の女の子にしか見えないから」

「そんなはずは……」


 見た目に魔法が掛かっているとはいえ、身体はぼろぼろで、物覚えも悪くなっている。


(この瞬間に、ミゼルの魔法が解けて、急に六十八歳になってしまったら、どうしよう?)


 心配なことしかないのに、シエルの微笑は、リーゼの黒い感情を綺麗に溶かしてしまうのだ。

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