第31話 経緯
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とにかく、落ち着く場所ということで、リーゼは、渋々すぐ後ろの自室に、シエルを案内することにした。
彼の護衛は、外で待機しているらしいが、シエルは徹底した人払いを命じていた。
いっそ、護衛の皆さんもどうぞと言いたかったが、仕方ない。
リーゼは愛読書をそっと寝台の下に隠してから、シエルを室内に招き入れた。
元々、物置を改良した寝るだけの狭い部屋なので、二人いるのがやっとな感じだ。
とりあえず、寝台に座って欲しいと、シエルに頼みこんだが、彼は丁重に断った。
結局、二人して部屋の壁に寄りかかるだけで、立ち話のような形になってしまったが、今更、聞かなかったことにして欲しいとも言い出せず、リーゼはシエルに促されるまま、自分のことを語り始めた。
「……私の名は、リーゼ=レインウッド。今も存在しているか分かりませんが、ここから程近い、キースという田舎町で生まれました」
「レインウッド……。聞いたことないな」
シエルは、素直に答えた。
まあ、そうだろう。
王家の行事や催しに招待されるほどの身分でもなかった。
「……でしょうね。元々、男爵の称号もお金で買ったくらいでしたから。義父は強欲な人でした。私は母の連れ子でした。本当の父は、私が生まれて間もなく亡くなったそうです。母は私が三歳の頃に義父と再婚して、私には他に二人の妹がいます」
そんなことまで話す必要はないのかもしれないが、シエルが真剣に耳を傾けてくれるので、リーゼはつい話してしまった。
「義父はお金に執着していましたが、事業は上手くいっていませんでした。私を身売りのように、五十も年の離れた伯爵の後妻に据えようとしたり、必死でしたよ。私は妹たちと違って器量も良くなかったので、仕方ないとは思っていましたが……」
「つまり、魔女の召使いになれば、お金が入って来るのだと、君の父上は判断したのかな?」
「当時の国王陛下から、内々に打診があったらしいです。魔女は読み書きの出来る者が良いと指名していたので、相応の家庭の者が望まれていました。だけど、相手は悪名高い魔女……。面接後に消息を絶った娘がいたとか、嫌な噂も流れていたりして、まともな貴族は、自分の娘をミゼルに差し出そうとはしなかったようです」
リーゼは、あの頃のことを振り返りながら、微苦笑した。
「私も自分が採用されるとは思っていなかったのですが、魔女は私に帰る家がないことを知っていました。精々、こき使ってやると、楽しそうに笑っていました。ミゼルはそういう人です」
「……では、その日から君はこの城にずっと?」
「本当にね……。まさか、私も、こんなに長くなるとは思っていませんでした。魔女は余命幾何もないと聞いていたので、精々、一、二年我慢していれば良いのだと、甘く見ていました。……でも、魔女は死にませんでした。むしろ、驚くほど元気でしたよ」
毎日、活き活きと嫌味を吐いて、面白おかしく、自由に生きていた。
リーゼとは真逆の人だった。




