第30話 告白
「あ、あの。もう十分すぎるくらいです。だから、早くお戻りください。殿下もご存知のとおり、私は病人の世話をしていたので、もし感染していたら、殿下が大変なことになってしまいます。また時間を設けて、ご一緒に魔女の調査をしますから」
駄目だ。
結局、しどろもどろになりながら、シエルを追い払おうとしてしまう。
近い距離が恐ろしかった。
優しくされる方が、リーゼは怖いのだ。
――それなのに。
シエルは、リーゼのこういう気持ちだけは察してくれないのだ。
「大丈夫だよ。私は伝染しないと確信しているし、伝染したとしても、ラシャ熱。君が即効薬で治してくれると思うから。先程、遅れていた医者が城に到着してね、君の見立てに違いはなかったと言っていたよ。薬も分けて欲しいと頼まれたくらいだ」
シエルは、とんでもないことを口走る。
(貴方様に感染させてしまったら、それこそ、私はおしまいでしょうに……)
ひきつった笑みのまま、リーゼは更に一歩退いた。
「生前、魔女に、しごかれましたから」
「すごいな。リーゼは」
「そんなことありません。私は……」
「あの……さ」
シエルの視線から逃げるように、顔を背けたのに、シエルはリーゼを追いかけてきた。
「……前髪、切ったでしょう? 君」
――ここで、それを言うのか?
せっかく、リーゼが距離を取ったのに、シエルが大股で三歩も近づいて来てしまった。
まさか、そこまで単刀直入に指摘されるとは……。
しかも、毎回、リーゼに目線を合わせようとして、身体を屈ませるのは、やめて欲しかった。
(より身近に感じてしまうじゃないの……)
もはや、リーゼは顔だけでなく、全身から湯気が出そうなくらい、真っ赤になっているはずだ。
「やっぱり、目を見て話せる方が良いな。君は自覚がないかもしれないけど、とても綺麗な瞳をしているんだよ」
「からかわないで下さい。これは、私も以前から長くて鬱陶しいと思っていたので、丁度良い機会だと思っただけで……」
「とても可愛らしいと思うけどね。私は」
「殿下」
――怖い。
そんな台詞は、リーゼが好んで読んでいる恋愛小説の登場人物以外、口にしないものだと思っていた。
(それとも、私がそういうのが好きだと思って、学習しているのかしら?)
だとしたら、一体、何のために?
「か、可愛いなんて言える年齢じゃないんですよ。私」
リーゼは、上擦った声で呟いた。
「別に年上だって、関係ないと思うけれど……」
予想通り、彼はあっさりと心優しい回答を放って来る。
今まで、シエルには、すべて正直に話してはいたが、年齢のことについては、あえて触れないでいた。
(多分、そのことが、みんなの……私に対する、疑いに繋がったんだろうけど)
胸が苦しくなった。
リーゼに掛けられた「呪い」について、すべて告白すれば、ミゼルが、本当に「魔女」だったことをみんなに理解してもらえるだろう。
シエルだって、今のような女の子を喜ばせるような言動なんてしなくなるはずだ。
リーゼだって、過去に置き去りにしていた少女時代の感情に揺さぶられることもなくなる。
シエルと、一層、隔たりができてしまうのは、悲しい。
……だけど。
(仕方ないわよね)
……こうするのが、良いのだ。
「殿下に、そんな有難いお言葉をかけて頂く、価値なんて私にはないのです。私は今年で六十八歳……。殿下より四十八歳も年上なのですよ」
「えっ……?」
「……私は六十八歳なのです」
シエルが目を瞬かせている。
――終わった。
何が終わったのか分からないけれど、リーゼは強くそう思った。
そして、最初から話しておけば良かった……と、深く後悔したのだった。




