第29話 眩しい人
「えっ?」
暗がりの中にも映える、金糸のような髪。
「……殿下?」
間違いない。
どういうわけかシエルは、リーゼを待っていたらしい。
「リーゼ!」
呼び掛けに応じて、部屋の扉に寄りかかっていたシエルの表情が華やいだような気がした。
(私、都合の良い幻でも見ているのかしら?)
綺麗な人が、自分の名前を呼んで微笑っている。
夢でないと分かったのは、彼がリーゼ目がけて走り寄って来たからだ。
「良かった。リーゼ。ようやく会えた」
「一体、どうなさったのです? 殿下。魔女の話は、また後日とお伝えしたはずですが?」
近づき過ぎず、遠すぎず……。
境界線を簡単に越えて来そうなシエルに、一歩退きながら、リーゼは作法通り、スカートの縁を摘まんで一礼した。
婉曲に「帰れ」と言っているわけだが……。
しかし、シエルはリーゼの意思など汲んでもくれなかった。
リーゼの言葉の真意を無視して、話し始めてしまっている。
「今日は、そのことではないんだ。レイモンドが君に酷いことを言ったみたいで……。いや、それ以外にも色々と……。私は、君に詫びに来たんだよ。君が使用人たちの世話に回っている時に、何度か出て行こうとしたんだけど、止められてしまってね。今だと思って、忍んできたんだ」
大方、病に伝染するようなところに王子が行くなと、止められたのだろう。
だったら、リーゼと会っていること自体、大変な危険ではないか。
「殿下のせいではありません。元々、みんなに疑われるような、私が悪いのです。わざわざ、謝罪して頂く必要なんてないんですよ。だから、早く……お戻りに」
「疑われる? 君は抗議して良いんだよ。私とのやりとりがあったから、君はわざわざ仕事が終わった夜に、裏庭を綺麗にしてくれたんでしょう?」
かあ……と頬が紅潮していくのが、リーゼ自身にも分かった。
「先日、執務中に私の部屋に喋る猫がやって来てね、君がありもしないことで、使用人やレイモンドに疑われているんだって、私に教えてくれたんだ」
「ルリが、殿下のところに? 初耳です」
「うん、ルリ。可愛らしい名前だね」
ルリはこの数日間、リーゼが身を削って人の世話をしていることに、憤りを感じているようだった。
(だけど、何も殿下に言わなくてもいいじゃないの)
あとで、問い質さなければと、リーゼはむず痒い気持ちに耐えていた。
――それにしたって。
(この方は、一体何なんだろう?)
ルリから聞いたとしても、黙っていれば良い。
第一、喋る猫なんて気味が悪いじゃないか?
シエルにとっては、リーゼが疑われようが、苛められようが、どうだって良いことだ。
善人を気取りたいのなら、誰かに指示を出して、謝罪したつもりにすることだって出来る。
(たとえ、シエル王子なりの目的があったとしても……)
騙されているのかもしれない。
内心、リーゼを小莫迦にしているのかもしれない。
……なのに、どうしてだろう。
リーゼは、嬉しいのだ。
「殿下。あの裏庭はまだまだ汚いので、もっと片づけないと意味がないのですよ。そんな大きな声で言えるところまで綺麗になっていないのです。魔女の死後、私が手を抜かなければ、こんなことにもならなかったわけで……。だから、殿下自ら、謝罪にいらっしゃる必要なんてないのです」
「こんな理不尽なこと知っていて、私が、見て見ぬふりなんて出来るはずがない」
さも当然のように、シエルは言い放った。
(眩しい人だな。きっと、この方は、正しく清い方に育てられたんだろうな……)
リーゼは、いつも謝ってばかりいた。
そのうち、謝罪さえしていれば、それで済むのだと、開き直りながら、頭を下げ続けた。
だから、どうして良いか分からない。
こういう時、どう返事をすれば正解なのだろう?




