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第26話 使えない王子

◆◆


 夜な夜な、リーゼが何処かに通っている?

 しかも、最近では城の裏手で呪詛をしているという馬鹿げた噂まで流れるようになってしまった。

 使用人の中で感染症が蔓延しているらしく、それをリーゼが仕掛けたとか、何とか……。


 酷い話だ。


 レイモンドには信じないよう周知して欲しいとシエルは厳命したが、上手くやってくれているだろうか?

 出来ることならシエル自ら皆に命じたいところだが、それをするとかえって、彼女の立場が悪くなってしまうのだ。


(大方、叔父上がリーゼに向けた偏見を発端に、大事になってしまったんだろうけど……)


 案の定、人をやって調べたところ、庭は少し小奇麗になったくらいで、特に不審な点はなかったそうだ。


(……歯痒くて仕方ない)


 オズラルドに疑われたり、使用人の中でもこきつかわれたりして、先住人のリーゼが不憫だった。

 ここ数日、リーゼの方から多忙を理由に、ミゼルの遺品調査を一緒にすることを断られ続けていた。

 何となく取り組んでいた調査だが、いざ、リーゼと話せない日々が続くと、寂しくて仕方ないのは、どうしてなのだろう。


(あの子には、媚びているところがないから)


 大抵、あのくらいの娘と一緒にいると、意味ありげな瞳で見られたり、まあ、それだけならまだマシな方で、既成事実欲しさに迫られたりすることもあったりで、シエルはいつも神経を尖らせていた。

 だけど、リーゼに限っては、シエルは自然体でいることが出来た。

 彼女は真摯に仕事だけをこなして、時間が来たら、走るようにして去って行く。

 むしろ、シエルの方が名残惜しいと感じてしまうくらいだ。

 それに、いつも卑下ばかりしているけれど、リーゼは博識で、シエルの質問に的を射た答えを返してくれるのだ。

 ユリエット王国の古代から、現代にいたるまでの歴史は勿論、魔法は使えないにしても、魔法の原理や法則は、しっかり頭に入っていて、シエルも目を見張ったことが一度や二度ではない。


(恋愛小説が好きだったり、俗っぽいところもあったりして、その差がまた素敵な人なのに……)


 なぜ、皆にはそれが伝わらないんだろう?

 そして、困っている彼女を、どうしてシエルは救うことが出来ないのだろう?


(私は、使えない王子だから)


 下手に顔色を読む力が長けてしまった分、身動きが取れなくなってしまった。

 だから、臣下を一喝して、彼女を助けることも出来ない。

 誰にでも平等で、感情を乱すことがない。

 優しい王子。

 それが、作られたシエルの姿だった。


(リーゼも、そうなのではないだろうか?)


 魔女の召使いとして、ミゼルの顔色を窺っていたら、自分というものが溶けてしまったのかもしれない。


(だから、容姿や格好にこだわることも出来なくなってしまったのかも)


 町に連れ出して、気晴らしくらい、させてあげたかった。

 もう少し身綺麗にして、背筋を伸ばして歩くようになったら、きっと見違えるほど、美しく輝けるはずだ。

 シエルだけは、前髪の隙間から見えたリーゼの宝石のような瞳の輝きを、知っているのだから。


(……といっても、会えないんじゃ、始まらないし)


 どうしたものか……。

 シエルは、王都から届く書類の山に半分程サインをしてから、うんと大きく伸びをした。

 少しくらい休憩を取らなければやっていられないと、従者を部屋から追い出して、ふと背後の窓に目を凝らしたところで、シエルは小さな悲鳴を上げてしまった。

 幸い、外で待機している護衛には聞こえなかったようだが、シエルは何度も自分の目を擦りながら、窓の方に近づいて行った。


 ――猫がいる。


 大きな黒い猫が、窓の縁に立って、尻尾をゆらゆら揺らしていた。

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