第23話 嫌がらせ
◇◇
「これ、洗って干して頂戴」
「はい!」
大量の洗濯物を渡されて、もたついてると、背後からまた違う声がかかった。
「頼んでおいた掃除、まだ出来ていないの?」
「すいません。まだ、手が回らなくて」
皺寄せは絶対に来るだろうと覚悟はしていたが、これは、人手が足りないということではなく……多分、いや絶対的に。
(嫌がらせ?)
何で、こうなってしまったのだろう?
つい先日までは、数人の使用人の女の子たちから、陰口は叩かれていたが、仕事時間に横槍を入れられることはなかった。
それが……。
大公が帰った頃くらいから、おもいっきり、リーゼの仕事量だけ増えて、取り掛かる間もなく、また増やされる。負の連鎖が発生している。
せっかく裏庭を綺麗にしたのに、シエルと会っている時間も取ることが出来ず、体調不良を理由に夜の調査はなしということでお願いしていた。
(困ったわ)
しかし、こんなことでは、シエルの信頼を損ねるばかりか、いつかリーゼが大きな失敗をしてしまうだろう。
いや、リーゼを失敗させることが、彼らの目的なのだから、どうしようもないのだろうけど……。
「ちょっと、早くしてよ!」
「はっ、はい!」
魔女を相手にしていた頃のように、洗濯物の山を持って走っていたら……。
「い……たっ!」
リーゼは、赤絨毯につんのめって、大仰に転んでしまった。
日頃の疲れのせいだ。身体がよろよろしてしまって、上手く歩けない。
気を抜くと失神してしまいそうな、リーゼの背後でくすくす笑い声がした。
――陰険だ。
(ああ、何で、私っていつも、こうなっちゃうのかしら?)
リーゼは、自分の置かれている状況を、冷ややかに俯瞰していた。
理不尽な目に遭うのは、慣れている。
だけど、御年六十八歳にもなって、一体、自分は何をしているのか。
(もはや、私自身にそういうことを呼び寄せる特殊な何かがあるのかもしれないわね)
口答えしたところで、かえって酷くなるだけなのだ。
いつだって、誰も助けてなんてくれなかった。
だから、嵐が過ぎ去るまで、リーゼは歯を食いしばって耐えるしかないのだ。
リーゼは、黙々と洗濯物を拾うと、台所から出てすぐの井戸に向かった。
桶一杯に積まれたシーツや、手拭い……。
果てには下着まで混ざっていた。
(毎日、量が増えている感じがする)
おそらく、どんどん病人が増えているのだ。
そして、手当てする側も少なくなっている。
(そうよね)
伝染するかもしれないなら、リーゼに洗濯させた方が良いに決まっている。
(まあ、いいか。洗濯は嫌いじゃないし)
毎日、洗濯をして、身を清潔にすることを心掛ければ、病に苦しんでいる人達もいずれ快方に向かうだろう。
洗濯板を使って、汚れ物をごしごしと擦りつけて、水で流して、絞って、干していく。
その工程をリーゼは黙々と素早くこなして、半分くらい仕事が終わった頃。
太陽はすっかり高く昇っていて、暑いくらいになっていた。
汗を拭いながら、物干しにシーツをかけていたら、急にリーゼの頭上が日陰になった。
「えっ?」
驚いて、振り返ると、茶髪の男が腕組みして、リーゼを睨んでいた。




