第20話 魔女との過去
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『そんなものばっかり、読んでさ。どうして、ここを出て行かないのかね? 私がお前だったら、とっくに逃げ出しているんだろうよ』
ミゼルは事あるごとにそんなことを言って、リーゼを煽った。
しかも、最初の十年はこき使うだけ使って、他で潰しが利かなくなった十年目くらいに、普通は出て行くものだ……と常識を振りかざしてきたのだ。
『今更、何処に行けというのです? 私ももう三十歳。本来なら結婚しているはずだし、働き先だって、この年齢で身元が怪しければ雇ってなどもらえません』
『それでも、私なら出て行くね。こんなところで、くたばって堪るかってさ』
『貴方が呪いを仕掛けたと言ったから、私は、ここから出られなくなったんですよ』
魔女はサロフィン城から出たら、リーゼは死ぬと言った。
そういう「呪い」を掛けたのだと……。
十年目から二十年目くらいは、よくそのことでぶつかっては、リーゼが一方的に泣くだけで、終わっていた。
二十年、過ぎたあたりから、そんなやりとり自体が不毛だと気づいて、リーゼはミゼルのことを相手にしなくなった。
……どうでも良くなっていた。
彼女に罵倒されることも、持ち上げられて落とされることも……。
年を経るごとに、身体の動きが鈍くなるように、感情も鈍くなっていった。
馬鹿馬鹿しい。
リーゼの翼を捥いでおいて、それでいて、自由に飛んでみろと嘯く。
不可能だ。
……もう。
今更、何ができる?
何もできないではないか……。
だから、リーゼは本の中の世界で生きていた。
非現実的な世界にいて、夢の世界に憧れて、独りで死んでいく。
それの何が悪いというのだろう。
『お前は、そうやって独りでいるけれど、本当はね、独りが好きなわけじゃないんだよ。本の中に殊更、愛情を求めるのは、本当は、お前がそれを欲しているからだ』
もう一人の自分ではないかというくらい、ミゼルはリーゼのことを悪い意味で良く知っていた。
いけしゃあしゃあと、聞きたくないことばかり、わざと言うのだ。
『怖いんだろうねえ。人を愛して、愛し続けることが出来るのか……。愛した人に、離れていかれることが怖いから、ずっとここで蹲って、自分の感情に無頓着になっている。気づいていないのかい? お前は、誰よりも……』
「いやっ!!」
がばっと、リーゼは寝台から跳ね起きた。
寝汗で夜着がじっとりと濡れていた。




