第19話 シエルは魔女の宝珠を探す
◇◇
――ミゼル=レムディ。
悪名高い大魔女。
祖父は怯え、父は存在を打ち消そうした存在。
しかし、シエルが子供の頃は、もはや傍迷惑なおばあさん扱いになっていて、魔法自体が奇術ではないかと囁かれるくらい、薄い存在となっていた。
もっとも、ここの近隣住民は、ミゼルのことをよく知っていて、十年前、シエルがこの城を訪ねたときは、散々、住民達から恐ろしい噂話を聞かされたのだが……。
(そう、だから私はますます、彼女に興味を持ったんだ)
「魔女ミゼルは……過去、隣国の大戦において、大きな戦果をあげたという話は、有名ではないですか?」
「よもや、シエル王子は、本気で魔女が百五十年前の戦いで、活躍したと思っておられるのか?」
「分かりません。でも、魔女に仕えていたリーゼという娘が、生き証人として存在していますから」
「くだらない。私にはそのリーゼという召使いも怪しいとしか思えません」
「それは、私も大公殿下と同じ気持ちです。シエル様は、あの娘を信用しすぎですよ」
勢いよく、レイモンドがうなずいた。
「やはり、彼女は怪しいです。いくら、隔絶された環境に身を置いていたとしても、今、この国がどういう状況なのかすら知らない。ほとんど、近所との付き合いもないそうですからね」
がなり立てる声が癇に障る。
シエルは、耳を両手で塞いだ。
「分かっているよ。レイモンド。私も町に一緒に行こうと彼女を誘ってみたけれど、やんわり拒否された。町に出て色々と情報を集めさせてみたが、彼女は、誰も知り合いがいないみたいだ。あまり町に出ていないのかもしれない」
リーゼのことは気に入っているが、それと事実は分けなければならない。
十年前、シエルは、魔女の後ろ姿を目にしたことがある。
――リーゼに、そっくりだった。
だから、最初リーゼこそ、魔女なのではないかと、色々と尋ねてみたが、彼女は、魔法についての知識は豊富だったが、魔法を使うことはできないようだった。
(しかも、リーゼの話が本当なら、相当ミゼルにこき使われて、苛められたって話だし)
ただ恋愛小説が好きなだけの普通の少女ならば、経歴が嘘であろうが、シエルは別に良いのだが……。
(大体、私が近づいただけで、大慌てして、赤面して下を向いてしまう女の子が、悪人なはずはないだろうしな)
シエルも、唯一それだけは確信していた。
「まったく。魔女だの、魔法だの……。うんざりだ。とにかく、私は一度、領地に戻りますよ。シエル王子は納得するまで、ここで好きにしていたら宜しいでしょう?」
「しかし、叔父上」
「明朝、私はここを発つ」
きっぱりした物言いは、突き放された証拠だ。
きっと、シエルのことを何も決断できない軟弱者だと莫迦にしているのだ。
ここで王都に帰ると、シエルが言い出すのを待っているのかもしれないが、シエルはまだ、踏ん切りがついていなかった。
しばらくの沈黙の後、オズラルドは髭を撫でながら、事務的に言った。
「そのリーゼという娘が気になるのなら、精々、こちらの手の内は隠して、洗いざらい、吐かせることですな。大人しく使用人に収まると言う時点で不審だし、その娘、夜な夜な城を出て何処かに一人で通っているという噂も耳にしました。怪しいことこの上ない」
「リーゼがそんなことを?」
「そのくらいも、ご存知ないとは……。ここは隣国にも近い。あの者が隣国の間者だったら、どうするのか……」
「速やかに調べてます」
……知らなかった。
(怪しい点は、あったたけれど。でも)
シエルの下で、使用人として働くことを、受け入れているように見えた。
雇ってもらえて、良かったとまで口にしていた。
(リーゼは、休暇もいらないと申し出ているとか……)
他の使用人は適度に休暇を取って、実家に戻ったり、麓に降りて、気晴らしをしているようだが、リーゼにはその気配がまったくなかった。
先日はシエルの誘いも断ったというのに、一人で夜中、外に出ているというのか?
「まあ、もし、あの者が間者ならば、逆手にとって、隣国を探ればいいだけの話ですが……」
「……しかし、彼女は」
「信じていて、希望に繋がれば良いんでしょうけどね。シエル様」
「……え? ええ」
とびっきりの皮肉が飛んできた。
(聞かれていたのか)
叔父はリーゼとの会話を、何処かで盗み見していたのだ。
苛立ちを隠せず、歯を噛みしめながら、シエルは叔父から目を逸らした。
窓の外には、雪を被ったローム山脈。
その向こうに、ユリエット王国より倍大きい、ラグナス王国が存在している。
――大昔、この城はラグナス王国の侵攻を食い止めるための要だった。
(ラグナス国王は、私とそんなに年が変わらないのに、戦が上手くて、領地を拡大し続けている)
戦争なんてする気もないが、もしも、巻き込まれてしまったら、シエル自身が剣を取って、先頭に立って戦わなければならない。
朝焼けに染まる雄大な景色は、悪夢の前兆のようで、憂鬱な気持ちは晴れることがない。
しばらくして、レイモンドが……
「私とて、魔女の隠した宝珠。それで戦いが回避できるのなら、何だってやりますよ。王太子殿下」
そう、苦しげに呟いた。




