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第18話 シエルの懊悩

◇◇


「意外でしたね。本当に殿下が恋愛小説を読むなんて……」


 昔から痛いことを躊躇ちゅうちょなく、シエルに助言してくるのは、側近のレイモンドだ。

 今も、シエルは不意打ちを食らってしまった。 


(恋愛小説を読んでいることを、コイツだけには知られたくなかったのに……)


 恥ずかしさから、つい、八つ当たり気味の口調になってしまう。


「お、お前こそ、偏見が過ぎるんじゃないのか? よく物語が出来ていて、面白かったよ。他に魔女の心理が理解できるものがないんだから、読んでみる価値はあったと思うけど」

「それは良かったですね。その小説を参考にして、早めに縁談をまとめられたら、どうでしょう?」


 嫌味か……。


(最悪だな)


 シエルだって最初から、恋愛小説ばかり読んでいたわけではない。

 魔女の所蔵物の中から、魔法の本を読んでみたが、シエルには、さっぱり分からなかったのだ。


「ミゼルの感情を理解すれば、()()()にも近付けると思ったんだけどな」

「それで、恋愛小説?」

「恋愛小説を、馬鹿にしないでくれよ」

 

 シエルは腕組みをして、年代物の椅子に深く腰かけた。

 元々、魔女の実験室だった場所を、取り急ぎ、シエルの執務室にした。

 最初は、物で溢れかえってるだけの物置き部屋のようだったが、きちんと整理をして、掃除をしてみると、置いてある家具や調度品は、どれも高級な代物ばかりだった。


(こういったものも、召使いのリーゼが揃えたりしたんだろうか?)


 魔女の書斎にあった恋愛小説は、みんなリーゼが取り寄せたものだった。

 まさか……魔女のために、わざわざ取り寄せたのかと、考えもしたけれど。


(いや、違うよな)


 先日の慌てふためき方から、すぐに分かった。

 ……これらの本は、リーゼの趣味なのだ。

 好きなのだろう。恋愛小説が……。


「……分からないことばかりだな。本当に、彼女はミゼルの召使いなのか……」

「それ、嘘ですって」


 間髪いれずに、レイモンドが断言した。


「リーゼ嬢の見た目は十代。魔女の召使いだというのならば、物心つくまえから、魔女の傍にいたということですよね? そして、十年もの間、この城に一人で住んでいたなんて、ありえませんよ」


 まあ、確かに。

 常識的には、そうだ。


「しかし、彼女、魔女についても色々話してくれるし、魔法も詳しいよ。国一つ滅ぼすことができる魔法があるんだって、話してくれたな」

「殿下。そんな話、信じられるのですか?」

「祖父や父は、ミゼルの存在を打ち消したくて仕方ないみたいだけど、お前だって、この城の異様さには驚いていたじゃないか?」

「まあ。勝手に扉が開閉したり、朝夕の鐘がひとりでに鳴ったりなど、奇怪なことはありますが……。しかし、国を揺るがす程のものではないですけどね。リーゼという娘の嫌がらせの奇術か……と。ともかく、殿下がここに滞在できる時間は限られています。何をするにも、お早目に」

「言われずとも、分かっているさ」

 

 耳が痛いことばかり、指摘してくる。


(レイモンドめ。根は良い奴なんだが、堅物というか、思い込みが激しいというか……)


 伯爵家の次男で、自由の身ということもあって、今回もシエルに同行しているが、逐一、シエルのことを父に報告しているはずだ。


「しかし、私はこの恋愛小説のような、夢物語より、貴方には現実を直視して頂きたいと思います。たとえ大勢を犠牲にしても、国のため貫かなければならないことは、あるのですから」


 レイモンドは、冷ややかな目で、シエルが読み終えた恋愛小説を見つめている。

 シエルが頼りないと、揶揄される所以だった。


(次期国王の私がこんなにも逃げ腰なんだから、レイモンドだって困るよな)


 ――シエルは、甘すぎる。


 両親にも、祖父にも言われた。

 しかし、何よりそれを指摘し続けた人物は……。


「失礼」


 一声かける前に室内に足を踏み入れている恰幅の良い男性。

 白髪交じりの短髪と口髭。

 適度に筋肉のついた均整のとれた身体は、父よりも、断然威厳があった。


「叔父上」


 ――オズラルド大公。


 父の五人の弟の真ん中の人だ。

 本来であれば、王都から程近い広大な領地で、のんびり暮らすことが出来るのに、今回のシエルの我儘わがままに志願してついてきた。

 今回、シエルがサロフィン城に滞在するにあたって、オズラルドがそれを条件として出してきたらしい。

 父からそれを聞いて、シエルは驚いたものだった。


「如何なさいましたか。叔父上?」


 即座に部屋を出て行こうとするレイモンドを「そのままで良い」と、その場に留めたオズラルドは、長椅子に座ろうとしてやめた。

 魔女の私物を、シエルが使用していることを思い出したのだろう。

 所在無く、二人の側近と共にシエルの前で直立している。


「シエル王太子。単刀直入に尋ねますが、ここに来て二カ月近く……色々と探していたようですが、手応えは?」

「まだ如何とも」


 もうそんなに経つのかという感想の方が正直なところだった。

 まだ何もシエルの中で決着がついていない。

 それなのに、どんどん時間だけが経過している。

 オズラルドは不快なくらい、長い溜息を吐いた。


「もう、充分だと、私は思うのだが?」

「しかし、魔女の言い分が本当だとしたら、分かりやすいところに、置いてはいないのではないかと思います」

「ここで、こんなことをしているより、遥かに有益なことがあるんじゃないか……と。私は、それを言いたいのですがね?」

「それは……」

「何より、私とシエル様が長くここに滞在していることで、いらぬ緊張感を招くかもしれない。誰だって、王太子殿下の目的がそんな子供じみたことだなんて、思いもしないでしょう」

「大公。それはさすがに……」


 レイモンドが間に入ったが、シエルが首を横に振って止めた。


 ――そのとおりだ。


 叔父の言い分に、シエルは一切の反論もできない。


(気が済んだのなら、今すぐ王都に戻れ……と)


 昔から、この人は正論をシエルに押し付ける。

 だけど、その速度にシエルは追いついていけないのだ。


(誰よりも、夢の世界に行きたいのは私なのかもしれない。それを叔父上は見抜いているのだろう)


 この地にいながら、思いつく策は打ってみたが、成果なんて分からなかった。

 せめて、ぎりぎりの刻限が来るまで、おとぎ話でも、夢物語でも、魔女にだって、すがりついてみたかったのだ。

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