第16話 とっくにバレていた趣味
「殿下。物語には必ず救いがあります。もちろん、不幸な終わり方をする話もありますが、私は……いえ、魔女はそういった話を好んでいました。……希望を見たかったんでしょう。貴方様でしたら、きっと現実の世界で国民に希望を与えることのできる国王になられることと、私は、そう思っております」
「リーゼ?」
シエルがいつまで、この城に留まるのか、リーゼには分からないけど、ここを離れても、シエルには健やかでいて欲しいものだ。
しかし、孫の行末を案じる祖母のような気持ちでいたのが不味かったのだろう。
彼はリーゼの言葉を額面通りには受け取ってくれなかった。
「つまり、ここでの生活は、君にとって、希望のないもの……だったと?」
「へっ?」
シエルの鋭い問いかけに、リーゼの方が慌てふためいた。
「そんなことはありませんよ。大変、名誉なお仕事で……」
どうせ、シエルには分かってしまうだろうに、リーゼが愛想笑いをしてみせるのは、それ以上、彼に詮索させないためだ。
シエルに話したところで、どうなることもない過去の話だ。
笑って流して欲しいと心の奥で祈っていたら、シエルはすんなりと話題を変えてくれた。
――更に、リーゼを追いこむ形で……。
「あそこにあった小説なんだけどね、最近、刊行されたものもあったようで、君が買っていたのかな?」
……ああ、バレていた。
苦しい嘘だとは思っていたが、普通、恋愛小説の刊行時期など、見やしないではないか?
(そんなどうでも良いことまで、見抜くなんて)
まったく、抜け目がない。
リーゼは冷や冷やしながら、あらかじめ考えていた言い訳を告げた。
「そ、それはですね、魔女に供養という意味もあって、購入していたのです。私も多少、読んでいるんですよ。お、面白いですよね」
「へえ。じゃあ、君は、どんな本が好きなの?」
嘘か本当か判断するでもなく、さらりと尋ねられてしまったので、リーゼも狼狽しながら答えるしかなかった。
「わ、私は、魔法使いと貧しい娘が結ばれる話がありまして……。身分差とか歳の差とかあって、なかなか上手くいかないのですが、最終的に、二人は、それらを乗り越えて、教会で、ささやかな結婚式を挙げるんです。荒唐無稽な話ですけど、好きでした」
「そうだね。確かに、荒唐無稽ではあるね」
「……ですよね」
「だけど、私もそういうの嫌いではないよ。君の言う通りだ。……どんな時も、希望は必要だからね」
ふんわり微笑する。
金髪に陽光が映えて、イーシュの花びらが彼の肩に降ってくる様は、まるで絵画のようだった。
(そうよね。この方は、雲の上の御方だもの)
王子様と、こんな話をすること自体、間違っているのだ。
(現実が怖いわ……)
大公が見ていたら、今度こそリーゼは処罰されてしまうかもしれない。
(シエル様は、独身だと伺ったけれど)
美女も才女も、彼に娶って欲しいと望む女性は山ほどいるはずだ。
(きっと、美しい女性をお妃様に迎えるんだろうな。成婚パレードは、さすがにこんな僻地まで来ないだろうけど)
――と、リーゼが一人で妄想していると……。
「ねえ、リーゼ」
シエルが自分のことを下から覗きこもうとしていたので、リーゼは身体全体で、後ろに飛び跳ねてしまった。