第15話 王子、恋愛小説を読む
(私、知らないうちに、王子を恐がらせていたのね)
魔女はリーゼに何も言わなかったけれど、きっと、何処かで観察していて嗤っていたに違いない。
「あの姿を見て以来、こういった小説も気にはなっていたんだけど……。王城で私がこういう本を読んでいたら、騒ぎになってしまうから、取り寄せることも出来なかった。ここで出会えて、良かったよ」
「そ、それなら、何よりです」
今こそ、大公に謝罪したかった。
シエルが恋愛小説に手を伸ばしたのは、リーゼのせいだったのだ。
題名は「愛の彼方」。
シエルは、何のわだかまりもなく、本の表紙をリーゼに見せてきた。
実際、彼方でも何でもなく、伯爵家の御曹司が身分差を乗り越えて、町娘と結婚する王道的な話なのだが……。
「あらゆる障害を乗り越えて、愛を貫くなんて、出来るものでもないからね。通俗的な小説でも、夢があって素晴らしいな。魔女もそういうところを気に入っていたんだろうね」
実際、彼はその本を最後の方まで読んだのだろう。本の後ろに栞が挿してあるのが、目に入った。
変わった王子様だ。
この点、大公の言葉に異存はない。
リーゼのような得体の知れない人間にも、気さくに、そんな話をしてくる。
それこそ、リーゼがシエルの読書嗜好の噂を流したら、どうするのだ。
――と、他人事なのに心配していたら、シエルの方が恐縮気味に言った。
「ああ、そうだ。このことは誰にも話さないでね」
「い、言いませんよ。絶対に、私。それに、その……もう、大公」
大公は知っている様子だと告げようしたら、にっこり笑顔で、シエルが言った。
「特に叔父上には知られたくないんだよね。ただでさえ、頼りないって言われているのに、またお小言を食らってしまうからね」
……まさか、とっくに知られているようだとは、言えなかった。
「仕方ない。あの方からすれば、私は頼りない子供のままなのだろうから。いくら剣を習っても、一度も敵わない強い方だから」
柔らかな苦笑を浮かべているシエルを、落ちこませたくない一心で、リーゼは彼との距離を縮めて、力説した。
「そんなことないです。私、殿下は頼りなくなどないと、思います。昨晩だって、あの量の本を読みこんで、しっかりと頭に入れてらっしゃいました。私のような者にまで話しかけて下さっている。素晴らしい方だと、私は思っています」
いきなりサロフィン城を占拠されてしまった時は、迷惑だと思ったけれど……。
シエルはいつもずっと働いていて、使用人や家臣に対する指示も完璧に見えた。
彼の下で働いている人間は、みんな、そんな彼を尊敬していた。
決して、第一王子だからとか、次期国王だからとか、そういう理由ではなかった。
(私が二十歳の時なんて、早く一日が過ぎ去ってくれることばかり考えていたのに)
きっと、この方は偉大な国王になる。
少なくとも、先々代の国王……彼の祖父よりは、はるかに優秀なはずだ。




