第14話 十年前のこと
◇◇
どうして、こんな場所に王子がいるのか?
その疑問よりも、彼が手にしている本の方に、リーゼは気を取られてしまった。
「殿下。どうして、それを?」
「ああ、せっかくだから、読んでみようと思って」
「……待ってください。それ、恋愛小説ですよ」
勝手な印象かもしれないが、もっと小難しい本を読んでいる人だと思っていた。
それに、何より、次期国王としての仕事に忙殺されていて、私的な時間さえ確保できないだろうと、同情していたのだが……。
唖然としながら指摘すると、シエルもばつが悪そうに、肩を竦めた。
「魔女の蔵書。魔術書よりも、こちらの方が、私には入りやすくてね。なかなか面白く出来ているよね」
「そう……ですか」
誤解もいいところだ。
それは、リーゼの蔵書なのだが……。
しかし、今更、名乗り出る勇気もなかった。
(大公が嘆く理由が、ほんの少し分かってしまったわ)
確かに、甥が執務の合間に恋愛小説を真剣に読んでいたら、リーゼに嫌味の一つでも言いたくなるかもしれない。
だけど、それだけで、彼が何も考えなしという訳ではないのだ。
シエルは、イーシュの大木に寄りかかりながら、オズラルドと同じような物憂げな溜息を吐き捨てた。
「誰かの前で読んでいて、妙な噂を流されたら面倒だから、休憩ついでに、ここで読んでいたんだけどね」
従者の面々の姿は確認できるので、完全に一人というわけではないのだろうが、それでも、出来る限り、人目は避けたかったようだ。
「確かに、ここでしたら、誰も来ないでしょうけど」
元々、ここを知っているのは、魔女とリーゼと使い魔のルリくらいのものだ。
大公は、シエルを尾行して、たまたま知ってしまっただけだろう。
「リーゼ。君には黙っていたけれど、私は一度、この城には来たことがあるんだよ。この場所にもね」
「……えっ!?」
とんでもない告白に、リーゼは目を丸くした。
「いらしたことがあるのですか? サロフィン城に?」
「十年前、父上がこの近くまで視察に来たことがあってね、私は、それに同行するついでに、魔女が暮らしている城を訪れたんだ」
「十年前……ですか?」
「ああ。私が十歳の頃の話だよ」
――ということは、王子の年齢は現在二十歳。
なんて、そんな計算は今必要ではない。
「子供ながらに、怖かった。自動的に扉や窓が開いたり、気味の悪い執事もいたな。怖くなった私は従者とはぐれて、逃走して……。それで、ここに辿り着いたんだ」
――十年前。
丁度、魔女が亡くなった頃だ。
気味の悪い執事は、ルリのことで間違いないだろう。
「あれは幻だったのかと、ずっと思っていたけど、こうして足を運ぶことが出来たのなら、現実だったんだね。私はここで魔女を見て……」
「魔女?」
「そうだよ。あれは魔女だ。長い黒髪のほっそりした女性だった。一人でこんな題名の本を読んで、笑っていたよ。あの時、私は後ろ姿しか見れなかった。怖くて……。きっと、彼女は老けない魔法でも使っていたのだろうな」
「いや、それは……」
間違いなく、十年前のリーゼだ。
寿命間近で動けなくなっていた魔女が「若返りの魔法」など使うなんて有り得ない。
(……それ、私なんです)
恥ずかしい。
それこそ、告白できるはずもなかった。




