第9話 魔女は恋愛小説を好む?
「やはり、魔法書が多いね。文字自体、ユリエット語でないから、読めないな」
「古代の言葉、隣国のラグナス王国の文字が多いですね。魔女は大掛かりで派手な術を好んでいたので、目立つ場所に、暴風を引き起こす術とか、雷雨を発生させる術とか……。その手の魔法書が多いです」
「すごいな。私も、魔法の力を一度見てみたかった」
目を輝かせて、そんなことを語るシエルがあどけなく見えた。
ミゼルを見ていたから、リーゼはよく知っている。
魔法なんて、実際はそんなに綺麗なものではないのだ。その時の調子にもよるし、気の合う場所かどうかも、重要だったりする。
「君はここを埋め尽くしている本のことも、よく知っているみたいだね?」
「本を整理していたのは、私だったので。放っておくと、足の踏み場がなくなって、埃と蜘蛛の巣に埋め尽くされてしまうから、仕方なかったんですよ」
魔女は本当に手のかかる人だった。
「でも、本の量が半端ないです。私は以前、本の雪崩れで、生き埋めになって、窒息するかと思った経験が、三度あるのです。……だから、殿下」
「でもね。どうせいつかは手をつけようと思っているのだから、何事も、やれるときにやっておかないとね。特に、君がいる時でないと、謎の書物が出てきても、色々と聞けないから」
「謎……とは?」
「実はね……」
シエルは少し間を置いてから、腹を決めたように、口を開いた。
「昼間、私なりに少しこの部屋の書物を調べてみたんだよ。そしたら、魔女らしからぬ不思議な本を発見してしまって」
「はっ?」
「魔女の嗜好が分からなくて。それとも、そういう本にこそ、魔法で仕掛けでもしてあるのかと……」
「一体、何を?」
完全に意味不明で、リーゼがぽかんとしていると、王子は机の中から、数冊の本を取り出した。
見覚えのある、それは……。
(……私の本)
穴があったら、入りたかった。
「全然、知らなかったよ。魔女は恋愛小説が好きだったんだね? 難しい書物の所々に、どちらかというと庶民が好みそうな恋愛の本が置いてあったんだ」
庶民というより、若い女子に大変人気のある主題だ。
(よりにもよって、玉の輿の物語とは……)
恋愛小説は、リーゼの大好物だ。
けれど、実際に、そんな本を読んでいるのがバレたら、王子はリーゼを警戒しまくるだろう。玉の輿狙いと疑われたら、恥ずかしすぎる。
(他の部屋に、すべて移したつもりだったのに、取りこぼしがあったなんて。内容はどうだったかしら? 危険な描写とかは、さすがになかったわよね)
いや、あったかもしれない。
だったら、絶対にリーゼの私物だなんて、認めてはいけない。
魔女のものだと言い張るしかないのだ。
――五十年。
年季の入った唯一の趣味の「恋愛小説」たちが、麗しの王子の手中に収まっている。
その有り得ない光景を、リーゼは六十八歳の春に目の当たりにしていた。