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序 ひきこもっていた魔女の召使と押しかけ王子様

◇◇


 ――あの人が亡くなってから、今年で十年。


 特に感情もないままに、月日だけが流れていた。

 訪れる者もいない、鄙びた古城にリーゼは、独り静かに暮らしている。

 緩やかに過ぎる時間は毒のようだ。

 ここに住み始めて、五十年。


(いい加減、私も死ぬんじゃないかしら?)


 しかし、今のところその兆候はない。

 元気でもないが、具合が悪いわけでもなかった。


(そろそろ、起きようかな)


 以前は眠れるだけ寝てみようと、一日中、ごろごろしていたこともあったのだが、結局、それも疲れて、敷地内の鐘楼から鳴り響く、朝の鐘で目覚めるようになっていた。

 幸い、季節も良いので、そんなに横着しないで、起きることが出来る。

 三着しかないドレスと睨めっこして、今朝は何となく黒色を選んだ。

 服を着替えて、カーテンを開けると、狭い室内に朝日が燦々と降り注いでいた。

 気持ちの良い朝だ。

 確か、今日は月に一度楽しみにしている「配達」の日でもあった。

 町の書店に新刊本を送って欲しいと頼んでいる。

 リーゼが唯一、外の世界を知ることが出来る行為。


(少しだけ、やる気が出たかも)


 この日がくるから、リーゼは狂うことなく、生きることが出来たのだ。


「リーゼ!」


 一階から、愛らしい子供の中性的な声がした。


「ルリ、配達が届いたのね。今行くから」


 ゆっくりと螺旋階段を下りて行くと、しかし、慌てたルリは階段を駆け上がって来ていた。やけに速いと思ったら……。


「えっ?」


 ルリは四つん這いになっていた。


「駄目よ。ルリ。今は女の子の容姿をしているんだから、そんなことしたら、はしたないわ」


 ルリは人間ではない。

 魔力によって作られた「使い魔」だ。

 年を取らないリーゼが矢面に立つのは、訪問者の不審を招くため、この子に客人の応対をお願いしていた。

 あらゆる生物に化けることができるので、重宝していたのだが……。


「大変だよ! 一大事だよ! リーゼ」

「配達ではなかったの?」

「違うよ。何か、大勢人がぞろぞろと……」

「えっ?」


 想定外の出来事に、対処の仕方を考えている暇もなく、その人はリーゼの眼前に迫っていた。


「知らなかったな。いまだに、ここに住み着いている人がいたとは」

「あ、貴方は!?」


 さらさらの金髪に、きらりと光る蒼の瞳。

 身長が高いにも関わらず、顔は小さく、中性的な美しい容貌をしている。

 何十年も、リーゼが目にしていない、生身の男性の姿だった。


(どうして、こんなところに、綺麗で格好良い人が……)


 彼の見た目に、思わずうっとりしてしまったリーゼだが、問題は深刻だった。

 青年の服装。

 長い外套に、黒の詰襟の上着とズボン。細身の軍刀を腰にぶら下げている。

 少し昔とは違っているが、完全に戦う格好ではないか……。

 そうして、彼を守るようにして、軍服の男達が雪崩れこんで来ていた。


「……あの」

「ところで、君は何者なのかな?」

「へ? 私は」


 まずは、そちらの自己紹介が先だと主張したかったが、そんな恐ろしいこと口にできる雰囲気ではない。この青年は、リーゼの存在を知らないのだ。


(確かに、五十年も前の話だし、私のことなんて知らないかもしれないけど……)


 困惑している暇も与えられず、周囲の目に促されたリーゼは、スカートの裾を摘まんで、挨拶をした。


「私は十年前まで、魔女のお世話をしておりました。リーゼと申します」

「魔女の世話係? ここを管理している人ってこと?」

「そうですね。ずっとここにおります」

「住み込みの若い娘さんがいるという話は、聞いたことがないんだけど」


 青年は首を傾げながら、リーゼを凝視した。

 古めかしい黒のドレスに、緩く結っただけの髪。前髪も長くしているので、表情も見えていないかもしれない。しかし、リーゼのことを若いと言い切れるだけ、彼は至近距離から、こちらを眺めているのだ。


(そんなに、まじまじ覗きこまれても……)


 直視されると、逃げ出したくなってしまう。


「大魔女ミゼルは十年前にここで亡くなったと聞いている。では、つまり……君は子供の頃からここに住んで、ミゼルの世話をしていたということなの?」

「いえ、私は」


 子供の頃からではなく、ただ、リーゼの時間が十八歳で止まってしまっただけなのだが。


 ――しかし、怖い。


(こんな沢山の人達……)


 人間が怖かった。

 リーゼは四十年、まともに人と話していないし、十年以上、普通に人と会ってもいないのだ。

 答えようとして戸惑って、間が空いたせいで、青年の方が勝手に結論付けてしまった。


「まあ、君が何者であっても良いのだけど。とにかく、ここは元々、王家が所有していた城だからね。返してもらうよ」

「今からですか?」

「ああ。私がこの城を貰い受けたから」


 とんでもないことをさらりと言ったので、リーゼは何度も瞬きをした。


「もらうって? そんな……」

「欲しいと言ったら、父がくれてやると言うから、私が貰ったんだよ」

「……もしや、貴方は?」


 リーゼは更なる緊張で、目眩めまいがした。

 いっそ、失神したいくらいだが、無駄に丈夫なので、出来ないのだ。

 情報など、ほとんど入ってこない、僻地の山の中。けれども、この城を簡単に貰える身分の人間は限られている。

 自己紹介は、彼ではなく、その背後の茶髪の男性が高らかに告げてくれた。


「恐れ多いぞ、小娘。この方は我がユリエット王国の第一王子、シエル=アスクロット王太子殿下だ」


 王位継承権一位の身の上の尊き方が、どうしてこんな場所に住むことにしたのか、その時のリーゼには見当もつかなかった。

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