ただ、ポプラ並木だけ
入口ではしゃいでいる同世代の女子たちを点対象に眺めながら、歩みを進める私の心には頭でっかちのソフトクリームのように、頼りない期待の上に大きな不安が乗っかっていた。
このソフトクリームは食べてしまえば消えて無くなるが、それでも私の血肉となって残り続ける。
北海道大学の構内にあるポプラ並木は、そんな私を黙って受け入れてくれた。
大学受験を終え、この春から新入生になる私は、記念にこの観光スポットを訪れていた。
整然と並び立つ枝だらけのオベリスク達は、道の端で波打つ残雪に薄っすらと影を落としていた。
私は一歩ずつ、黒ずんだ落ち葉を踏みながら前へ進む。
並木道の周辺には試験農場が見える。その横にも広い平地と木々が広がる。
遠くで市街地の喧騒を感じながらも、この一角だけまるで田舎から移植されてきたかのような静かな雰囲気が漂っている。
立派に成長したポプラの木々は、その20メートル程もある身を春風に晒しながら、完璧な美しさを私に見せつけてくる。
「いい大学とか、いい会社だけが人生じゃないさ」
数日前に会った叔父のにこやかな笑顔が頭に浮かぶ。
叔父は北海道大学の卒業生だった。
いわゆる氷河期世代というもので、有名大学を卒業しても就職には相当苦戦したらしい。
どうにか中堅企業に潜り込めたものの、うまくいかずに数年で辞めてしまった。
その後も職を転々とし、現在は地元のスーパーで魚を捌きながら趣味の登山を楽しんでいる。
「山はいいぞぉ、頂上に立てば何もかもが小さく見える」
そう言ってニヤリと笑う叔父の欠けた前歯が、私の心を惑わせた。
叔父もきっとこのポプラ並木を何度も見たのだろう。もしここに叔父がいたら、どんな気持ちで眺めるのだろうか。
ゆっくりと歩いたつもりだったが、あっという間に並木の端までたどり着いてしまった。
この先にも道は続いているが、私がこの先に行くことは無い。
私の心はこの並木道の終点に膜を張っている。
選択的透過性をもつこの膜は、学生や先生は通すが、私を通してはくれない。
打ちひしがれたコロイド粒子となり果てた私は、踵を返して元来た道を戻る。
ふと並木の一つに目をやると、幹の一部に小さな傷があった。
往路では気付かなかった。入口側からは見えない角度についていたからだ。
……大学もきっとそうなのだろう。その先も、きっとそうかもしれない。
入学前には分からなかった事が、いくつも待ち受けている。良いことも、悪いことも、そして卒業後も。
一方向からだけではその全てを知ることは出来ない。もし私が望んだ未来を手にしたとしても、その後で多くの傷跡を見ることになるのだろう。
私の前方、並木道の入口には『現実』が待っている。
少しだけ足を速めて並木道を突き進んでいく。
入口まで戻ると『現実』が優しく話しかけてくる。
「もういいの?」
「うん」
私は目を合わせずに短く返事をする。
寂しげに佇む並木をもう一度だけ振り返る。
枝だけの木々は私に手を振るかのように風に揺れていた。
彼らが葉を付けた頃に私を出迎える事は無い。私もそれを望まない。
「そう、じゃあ車に戻りましょう。……そうそう、お父さんの取引先の社長さんなんだけど、あなたの大学と同じ出身なんですって。それにお母さんの仕事先のエリアマネージャーさんもそうなのよ。とっても優秀な人なんだから。……大丈夫よ。大学で人生の全てが決まる訳じゃないんだから、シャキっと歩きなさい」
私は返事をせずに母の車へと戻っていく。
私は叔父でも社長でもエリアマネージャーでもない、ただの私だ。
今までも、そしてこれからの人生でも、主役は私でしかない。
たとえ望んだ結果が得られなくても、無数の傷跡を心に刻み込まれながらも、私は私だけの道を歩み続けるのだ。
今は母の言葉に答えられるだけの解は持っていない。
でも、いつか必ず返事をしよう。
ここではない、私だけのポプラ並木に辿り着く、その時に。