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第三話 ムスターハ城と大災厄の記憶

 高級ホテル、イベントホールとして本格営業を目前に控えたムスターハ城ですが、その前に今日は、特別なお客様を招いての内覧会が実施されることになっていました。



「セッティング完了?了解。ドカーン!と、とにかくド派手にやってくれ」


(爆弾って!?)


 その準備の最中、予期せぬ言葉を耳にしてしまったウサミさんは、苦悩に満ちた表情を浮かべながら、インカムに語り掛ける公爵の言葉に意識を集中させました。


(どういうこと?爆弾のセッティングって!?閣下はこの式典で、一体何をなさろうとしていらっしゃるの?)


「テクニカル・リハーサルか。時間的余裕はあるから、できるならやっておいたらいい。本番ではミスの無いよう、しっかり頼む。場を目一杯盛り上げてくれ。楽しみにしている」


 そう言ってインカムを切ると、公爵はささやかな笑みを浮かべました。


「閣下、今の指示は警備部へですよね」


「そうだよ」


「警備部を巻き込むなんて、どういうことです?」


「どういうことって、今さら何を言っているんだい?この日のために、念入りに準備してきたじゃないか」


「念入りにって……私には知らせずにということでしょうか」


「そんなはずはない。ウサミさんには話したよ」


「狙いは……ターゲットは一体誰なんです?本当の目的は……?」


「ターゲットというなら招待客全員に決まっているだろう。目的はみんなをもてなすため。それ以外にはないよ」


 市長や州知事、出資者や地元賛同企業の代表、その家族。そしてジャン・リアン・ムスターハ公爵の故郷であるルマーニァ王国の人々等、総勢約二百名が招待されていました。


「ここまで……頑張ってきて、ようやく、これからは思い描いた暮らしができるんだって信じていたのに」


 激しく裏切られた思いに襲われ、両足で体重を支えることができなくなってしまったウサミさんは、地面に片膝をついた状態でうな垂れると、片手で目を覆ったのでした。


「どうしたんだ、ウサミさん。救護を呼んだ方が……」


「大丈夫です。大丈夫です、閣下」


 その時です。お城の正面を見渡せるバルコニーから、吹奏楽団が奏でる厳かなファンファーレで始まるルマーニァ王国の国歌が聞こえてきたのでした。


「ウサミさん、元気を出して。これはリハーサルだけど、良い調べだろう?遠い異国の地で我が祖国の国歌が聴けるなんて、本当に素晴らしい。この町の"楽団"は本当に良い仕事をしてくれているよ」


「楽団……爆弾……」


 ちなみにルマーニァ王国の国歌は、ドラ〇エ序曲に似ていました。





 正面入り口には、営業開始を祝う多くの花輪が、扉を挟んで左右にいくつも並べられています。


 大きな花輪の垂れ幕には、どれにも「祝 開店 ムスターハ城賛江」と書かれていますが、このような風習は祖国には無かったため、初めて目にした公爵は、いささか戸惑ったようでした。


 そんな花輪の列を背景にに、晴れた空の下響く吹奏楽団の演奏とともに、オープニング・セレモニーは華々しく始まります。


 心地良い晴天の下、城の正面にある庭園には各界の著名人が並び、あらかじめ決められていた人たちが順番に正面へ進むと、一言ずつお祝いの言葉が述べられていきました。

 

 一人一人の持ち時間はわずかなので話す内容はいわば繰り返しですし、代わるがわるとなれば時間も掛かるため、案外退屈かもしれません。それがつまりは儀式というものなのですが、退屈とわかっている内容を書いても仕方がないので、ここでは省略させて頂きましょう。


 最後に、オフホワイトのモーニングを身に付けた城主、ムスターハ公爵が正面へ進むと、トレードマークのシルクハットを取って深々とお辞儀をし、開城のために集ってくれた人々に対し厚いお礼の言葉を述べたのでした。


 そしてテープカット。その際に演奏されたのが、あの国歌でした。


 お城の本格的な運用が始まるのは、もうしばらく先ですが、実のところ結婚式など、予約はすでに数か月先まで埋まっていたりします。まさしく順風にして満帆の船出となったようです。




 セレモニーを終えると正面の扉が大きく開かれ、案内係の指示によってお客様たちは城内へと誘われました。


 支配人、プレイリード氏によって城内施設の説明が簡単になされた後はフリータイム。現在、招待客は城内を自由に見学し、イベントホールにおいては食事することも可能となっています。


 今日のところは、従業員たちに加えて、先日改修を終えた三人のアンドロイドたちも、それぞれの仕事に当たっていました。


 従業員は地元の方々を、通常業務に不足の無い人数雇っているのですが、今回は特別にお客様が多いこともあり、彼女らにも応対してもらっているのです。


 割烹着姿のお菊さんは厨房にて料理を。警備の制服が似合う赤髪のお岩さんは城の警備や案内。メイド服のお露さんは主に給仕を手伝っていました。


「インフォメーション」


 お露さんがその言葉を発すると、彼女の正面中空に情報共有ウィンドウが現れました。


 もちろん、彼女にしか見られないウィンドウです。これにより城内すべてのアンドロイドたちと即時に連絡を取り合うことができるのでした。


『州知事ツキノワ様、次の公務予定時刻となりましたので退席されます。リアン様にはお伝えしましたので、警備担当のお岩さん、州知事の案内をお願いします』


『了解しました、そちらへ向かいます。ついでにお伝えします。B-5テーブル、空いた皿が多くなっていました。早めの回収をお願いします』



 そんなホールで慌ただしく立ち回る公爵の周囲を、離れた位置から見張り続けるのは、ウサミさんとヤマネ君でした。


「ウサミさん。さっきお客様のボディガードさんたちと情報交換したんですけどね、最近はやっぱりアンドロイドのボディガードの方が主流になりつつあるんですって」


「人とアンドロイド、それぞれ一長一短があるから今のところは何とも言えないけれど、いずれはすべての面において私たちを上回ることになるかもね」


「お払い箱に入れられたまま押し入れにしまわれて、誰からも忘れ去られないように、僕も頑張らなきゃ」


「そうよ。無駄口を叩いている場合じゃないのよ」


「はーい」


 実際、今日来城された著名人たちが連れて来ていたボディガードは、過半数がアンドロイドでした。


「あ、ウサミさん。それとですね」


「だから無駄口は……」


「僕たちが着ている国防省からボディガードに支給されたスーツなんですけど」


「これがどうかしたの?」


「着用に関して義務ではないそうです」


「えぇーーーっ!!」


「ほら。同僚はみんな、様々な装いをしてるでしょ?」


「本当だぁ!」


「僕らと同じスーツを着用しているのは、アンドロイドばかりじゃないですかぁ」


「えぇーっ!? ちょっとぉ、教えといてよ!」


「僕も違和感は感じてたんですけどね」


「何が悲しくてこんなださ、機能的でないスーツを着なければいけないのよ」


「ウサミさん。今、ダサいって言いかけましたよね。ダサいって言いかけましたよね!」


「みんな何か事情があって違う服を着ているんだと思ってたわ。あーもうっ、あとで国防大臣を問い詰めてやるっ!!」





 それから数時間後、開業初日のイベントがつつがなく終わと、留まるのは本日の宿泊客だけとなっていました。


 長かったような、終わってみればあっという間だったような、そんな一日の終わりに、お客様用スイートルームにて公爵が団欒を共にしていたのは、ルマーニァ王国の国王エズォ・リース陛下と、皇后シーマ・リース陛下でした。


「あらためてムスターハ城の完成と開業、おめでとうと言わせてもらうよ、リアン君」


「ありがとうございます、エズォ陛下」


「私も聞いた限りですが、ルマーニァ王国の肩書きを掲げての折衝はなかなかに大変だったそうですね」


「噂ほどではありません、シーマ陛下。それもこれも両陛下が各方面へ直々にお声掛けして下さったおかげです。多大なるお力添えには、感謝以外の言葉が見つかりません」


「お互い、祖国を失ってしまった身だ。力を合わせて行かねばな」


「ごもっともです。陛下が助けを必要とされる際には、真っ先に声をお掛け下さいませ」


「先代公爵と同様、頼りにしていますよ」


「はっ」



 公爵には、幼い日に見た忘れられない光景がありました。


 それは就学後には、日課のように通うこととなるリヤマ博士の研究室での出来事です。ただ、その時はあまりに幼かったため、なぜ自分がその研究室に連れて行かれたのか、そこで何をしていたのかといったことは、まったく覚えていないのですが。


 当時公爵であった父と、まだ即位前のエズォ殿下が、博士を交え、長々と議論しているのを、特に何をするでもなく端から眺めていただけです。


 代わる代わる電子黒板に文字を書き連ねる度に、三人が腕を組んでうんうん唸るというのが、延々と繰り返されるだけでした。


 そんな中、突然リヤマ博士が「よしっ!これでどうだ!」と叫んだのでした。すると次の瞬間に、三人の唸り声がとても大きな歓喜の雄叫びに変わったのです。


 何やら良いことが起きたのだということは、幼いながらにも理解できました。喜びを抑えきれなかったのでしょう。小さな体が三人によって神輿のように担がれたのを覚えています。


 幼かったリアンが、その三人に対して特別な感情を抱くようになっていたのはその頃からでした。


 その感情をどういった言葉で表すのかはわからないままですが、尊敬、友情、親愛、畏敬の念、羨ましい、そういうものが入り混じった気持ちを抱き続けているのは、現在においても変わりません。


 国王と公爵。二人だけとなり、互いの立場が当時とは大きく変わり、その上両者の地位が形だけとなってしまったとしてもです。



 「国土を失って二十五年。いつまで我が国を守り続けられるかわらないが、今日のようなことがあるたびに、自分がかつても今も国王であることを思い出すよ」


 国民はすでに、世界各国に散らばっています。国籍を残す者、残さない者、事情によりそれぞれですが、いずれにせよ住所はそれぞれ現在地に置き換わり、納税もほとんどがその地にて行われているのでした。


 現在のルマーニァ王国のGDP(国内総生産)は、国としての体裁を維持できる程度の額でしかありません。


 そのような状態であっても、国連やこの国がルマーニァ王国を認めてくれている間は成せることを成すべきであるというのが政府の考えですが、そうした状況を国民たちはどのように受け止めているのでしょうか。


 国内外、いずれの側から見ても、王国ごっこをしているようにしか受け止められかねない状況を、国民に申し訳なく思うしかなかったのでした。



 今のところルマーニァ王国の最も大きな収入源は、大災厄より前からこの国に進出していた工場になります。


 大災厄の後、質量制御装置を生産するようになってからは、現在に至るまで収支は保たれているのでした。


 AFV(空飛ぶ車)にも使用されている質量制御装置ですが、実際にはそれだけではなく、発電所を始め、あらゆる現場においての動力源としても使用されています。


 質量を自在に操る装置の原理を見出し、それを基に実用化へと至らしめたのが、リヤマ博士と先代公爵ロボロフ・ムスターハ、そしてエズォ・リース国王陛下だったのでした。


「返す返すも残念なのは、ここにリヤマ博士がいてくれなかったことだ。大災厄をくぐり抜けて我々をこの地まで導いてくれた恩人に、ひと言でもいいからお礼を言いたかった」


「まったくです。博士がこの国とルマーニァ王国との間を取り持って下さったからこそ、今の私たちがあるのですから」


「あと君の父、ロボ君にもな」




 今から二十五年前の大災厄。それはふたつの要因からなる、地球に暮らすすべての生き物に対する衝撃でした。

 

 ひとつは、二十一世紀大海進と呼ばれる突然の海面上昇。


 原因は、極地での大量のガス噴出により、急激に温暖化が進み氷が溶けてしまったこと。さらに気温上昇によって海水が膨張したことにありました。


 そのため大陸の外形が変わるほどに海面は上昇し、海岸線に近い国々はその国土の一部、または全部を失ったのです。



 そしてもうひとつの災厄はより深刻でした。彗星が地球に衝突したことです。


 全長数キロメートルという長い核を持つ彗星が発見されたのは、衝突する数年前のこと。


 公式を介さないメディアでは、その頃から衝突の可能性について取り上げていたようですが、まだ一部のオカルト好きの間で話題に上る程度でしかありませんでした。


 しかし年々軌道計算の精度が上がり、信憑性が高くなるに従って人々の心はざわつくようになっていきます。

 

 誰が計算しても地球に衝突することがほぼ確実となった頃、一般からの圧力に応じるようなかたちで、各国の政府は徐々にそれを認めるようになっていきました。


 最終的に、国連によって正式に発表されたのは、衝突の約半年前のことです。


 残念ながらどんな準備をしていたとしても、人類の力でそこまで大きな核を破壊することは不可能ですし、進路を変更させることもできません。

 

 その日より人類は壊滅を前提として動かざるを得なくなってしまったのでした。


 時間とともに人々の本性が露わとなっていく社会。


 公式な発表によってもたらされた混乱が、世界中に数多くの悲劇を招いたことは言うまでもないでしょう。



 ところがです。


 実際には、彗星の直撃は起こりませんでした。


 衝突はしたのですが、直撃と言えるまでには至らなかったのです。


 彗星が月に接近し、地球へと軌道を変える際、予想外に脆く長過ぎた円柱型の彗星の核が、月の重力によって複数個に分解されてしまったのでした。


 その結果、核の大部分は分解の衝撃で軌道を逸れ、結果的には小さい欠片のみが地球に降り注ぐこととなったのです。

 

 とはいえ、いくつもの数十メートル級の落下物が、世界の各地に与えた衝撃は生半可なものであるはずがありません。


 次々に起こる爆発もさることながら、衝突により地殻は歪ませられ、世界の至る所で地形が変わるほどの地震が数多く起きたのでした。


 また、巻き上げられた粉塵によって太陽光は遮られ、今度は急激な寒冷化が押し寄せて来たのです。


 日光が届かなくなり、植物類は光合成が行えなくなってしまったため、それを頼りとする多くの生物種を皮切りに、あらゆる生命がわずかの間に次々と消えていったのでした。



 そのような中で、世界の再構築を目指した人類を支えた技術が、この国のリヤマ博士と、先代公爵ロボロフ、エズォ陛下による、ヒッグス場における電子の作用を利用した質量制御でした。


 質量をコントロールしてエネルギーを生み出す技術によって、社会のあり方自体がこれまでとは大きく変わっていたのです。


 熱を利用したエネルギー変換効率の悪い従来の発電所は姿を消しましたし、燃料を消費する機械や乗り物も必要なくなりました。移動は空中を自由に走行可能な乗り物に取って代わったのです。


 壊滅的なダメージを受けながら、人類が何とか生きながらえて来られたのは、ここに至って実質的なフリーエネルギーを手に入れることができたからこそと言えるかもしれません。


 


 リヤマ博士の研究室およびルマーニァ王国は、その技術を独占するつもりはありませんでした。けれども、それすら快く思わない連中がいないわけではなかったのです。


 当時は本当に世界が滅ぶと、誰もが信じていました。ゆえに人生に絶望し、己の欲望のままに行動した者たちも少なくなかったのです。しかし、そんな彼らの、大災厄の後の社会的立場は……。



 いずれにせよ、そのような輩に誘拐されたというリヤマ博士の行方は、いまだにわかっていません。


 その研究を継ぎ、実用化を推し進めたのが先代公爵、ロボロフ・ムスターハです。


 祖国を失った後、ルマーニァ国王は世界に向けて、技術使用の自由を宣言。そして、誰かが特許によって利益を独占することを禁じたのでした。



 大災厄を経て、人類は、かつての大量生産、大量消費世界を反面教師とし、今は自然との共生を基軸とする道を歩んでいます。


 そして、かつては争いばかりが目立った人類および国家は、共に知恵と力を出し合って新たな世界を再創造しようという関係に昇華しつつあるのでした。

 

 

「本当に、ここまでよく頑張ってきたものだ」


「はい、とても大変な日々でしたね。祖国に帰れる日も、おそらくそれほど遠くはありません」


「あぁ。その時は、世界中に散らばった国民たちも帰ってきてくれるだろうか」


「そこは信じるより他ないでしょうね」


 ルマーニァ王国は、人が住める状態に戻るまでには、まだ長い年月が必要ですが、国土自体が失われたわけではありません。ゆえに国連より国として存続することを認められているのです。


 対して、ウサミさん、ヤマネ君の祖国は大災厄により完全に水没してしまったのでした。




 というわけで、今度はシーマ皇后陛下が、公爵に預けた二人の護衛について尋ねました。


「ところで、あの二人はどうですか?」


「ウサミさんとヤマネ君ですね。ボディガードとして評価するなら、六十点くらいでしょうか」


「それは、なかなか厳しい点数ですね」


「子供の頃からシークレットサービスのお世話になっていましたから、技量の差くらいはわかるつもりです」


「それもそうですね。では、魔法の方は?多少なりとも成長がありましたか?」


「それに関しては、シーマ陛下が初めて二人にお会いになった頃より、かなり上達しています」


「そうですか。では、ボディガードにおいて足りない点数の分を補えますね?」


「えぇ、おそらく。ウサミさんは、命に関わらない病気や怪我などに対しては、かなり重い症状であっても魔法によって治癒ができるようになりました」


「それはすごい」


「とはいえ、同じ病気であってもウィルス性の病気は難しいようですし、欠損を伴うような怪我の場合、再生はできません」


「なるほど。では、その場合の本人の消耗度合いはいかほどでしょう?」


「かなりのものです。患者のダメージの度合いよりも、本人の消耗の方が大きいくらいに感じますので、実用的とは言えないでしょう。実際には、時間を掛けて何度も患者と向き合うことになると思います」


「ということは、誰彼を相手にでも魔法を使うというわけにはいかないようですね」


「自分の生命力を分け与えると考えるなら、やむを得ないでしょう」


「そう都合良くはいかないというのがよくわかりました。では、ヤマネ君の方はいかがです?」


「ヤマネ君も同様です。電磁波を操るのですが、消耗が激しいので魔法を放った後はほとんど動けなくなります。ただ、その威力については目を見張るものがあります。放たれた電気と熱は手榴弾を超える爆発力を持っていました」


「いざという時の、最後の切り札と捉えたらよいかしら?」


「まさしくその通りとしか言いようがありません」


「でも、以前は爆竹程度の破裂が精一杯だったでしょう?それと比べたら大変な進歩と言えそうですね」


「同感です。そこに関しては、本人の努力を褒めてあげなければなりません」



 大災厄以降、魔法を使えるようになった人間は他にもいますが、それほど多いわけではありません。


 人々はその能力がいかにして発揮されるのか、それを解明することが次なる課題と捉えられていました。


 魔法使いたちは、自らが研究対象であることを承知し、割り切って研究に参加はしています。


 ウサミさん、ヤマネ君の二人もしかり。研究機関からの要請に応じて協力をしているのでした。


 それでも時として研究者の探求への心理が強すぎると、対象者は精神的負担を感じてしまうもの。互いに信頼関係を築くことはとても大切な要素となっているのでした。



 ところで、そもそも魔法など存在しなかったこの世界に、どうしてそのような力が突然現れたでしょう?


 実はそれらもまた、彗星衝突が原因だったのです。


 例えるなら、静まりかえった湖の鏡のような水面に、複数の大きな石が投げ込まれて生じた波のような感じ。

 

 今までは、ゆらぎも無くあまりにも透き通っていたために、そこに水があることに気が付けなかったのです。


 数千万年にわたって安定を続けてきたこの星の時間と空間が、ある日突然、とてつもなく巨大な重力によって何度もかき乱されたのです。


 その結果、地上の至る所で生じた時空の歪みが生じ、人類は今まで気付くことすらできなかった現象や法則、さらに新しいエネルギーの存在を知らされたのでした。


 例えば、離れた二カ所の空間がつながってしまう現象であるとか、光速を超えて物質を移動させられるようになる法則。今までは観測することができなかった素粒子の発見などなどです。


 そこから得られた研究の成果は、人類を新時代へと導き始めました。フィクションでしかあり得なかった技術が次々と開発されていったのです。


 さらには、生体や精神に感応するかたちで発せられる様々なエネルギーの発見もありました。

 

 そのエネルギーの発動は、端から見ればまさしく魔法そのものでしかありません。


 ちなみにまだ研究中としか言えないのですが、魔法の種類や効力は人によって異なっています。そしてなぜかアンドロイドにはまったく魔法が使えないのでした。 



「ごめんなさい、頼れるのが貴方しかいなくて。あの二人は私にとって大切な友人たちの忘れ形見なの」


「心得ております」


「リアン君には負担を強いることになりますが、あの子たちのことを、これからもよろしくお願いします」


「負担などとは感じておりません。。ボディガードとしてなら、いつでも私の目の届く範囲にいてくれますし、日常的にもいろいろと頼りにさせてもらっています。あの二人は、私にはもう家族と同じなのです」





 両陛下との歓談を終えた公爵が、自室に戻ろうと居住スペースの廊下を歩いていると、月明かりに照らされ、バルコニーに一人佇むウサミさんを見かけました。


 普段は後ろで括っている髪は下ろし、ラフな部屋着姿だったため少しためらいましたが、開かれた扉から公爵は声を掛けてみました。


「やぁ。お邪魔かな?」


「いいえ、閣下」


 微笑みながら、ウサミさんは手振りで公爵をバルコニーへと誘いました。


「とても綺麗な月だね」


「ですよね。あまりにも見事だったので、つい誘われて出てきてしまいました」


 本当のところは、国王陛下との歓談を終えた公爵に見つけてもらおうと、ウサミさんが目論んでいただけなのでした。


 けれども、月明かりに照らされた景色が予想外に美しく、思わず魅了されてしまったのです。


「こんなに穏やかな光景を目にすると、改めて世界の再構築が進んでいるんだなと感じます」


「大災厄の前と後で月の光は変わらないが、照らされる景色は大きく変わったね」


「お城も素晴らしいですが、お城から見た景色もまた素晴らしいです。そこに住まわせてもらって、みんなと楽しく暮らせて、こんな幸せな気持ちになれる時が来るとは思いもよりませんでした」


「ウサミさん」


「はい」


「よかったら、ワルツでも踊らないかい?」


「今ですか?」


「あぁ」


「私こんな格好ですよ」


「もちろん構わないさ。踊りたい時に踊るのが一番楽しいんだから」


「では、ちょっとだけですよ。よろしくお願いします」


「せーの。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」


「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。あはは、スリッパだと難しいですね」




おわり

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