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第二話 人間様お断り

 倉庫で見つけた三体のアンドロイドたち。ムスターハ城がまだアミューズメント・パークの一部だった頃に、お化け屋敷で幽霊役として働いていた、怪談、番町皿屋敷のお菊さん。四谷怪談のお岩さんと、牡丹灯籠のお露さんです。


 彼女らをこの城にて雇うと決めたジャン・リアン・ムスターハ公爵でしたが、この三体、といいますか三人、かつてお化け屋敷で働いていたというだけあって、その顔、体は、あまりにも個性的過ぎました。


「容姿のオリジナリティーについて否定するつもりはないんだけれどね、生傷とか、腫れとか、相手に痛々しさを感じさせてしまうのは少々問題があるように思うんだ」


「はい。今後はお城のホールスタッフとしてお手伝いをさせて頂く機会もあるということでしたが、その際、お客様にご心配を掛けさせてしまうようなことがあってはならないと、私たち自身も気にしていたところです」


「うんうん。ちゃんと考えてくれてたんだ。うれしいよ」


「恐れ入ります」


 三人は揃ってお辞儀をしました。


「というわけでだ。実は伝手(つて)を頼ってアンドロイドの改修を専門で行う店に、すでにお願いしておいたんだけど、どうかな」


「よろしいのですか?」


「あぁ」


「それなら是非ともお願いしたいです!」


「今回の改修費はこちらで負担しよう」


「ありがとうございます。リアン様」


「良かったよ、もしも拒否されたらどうしようって思ってたから。じゃあ、早速だけど出かけようか」


「えっ、いきなり!?」




 CPU + QPU、電子回路と量子回路の両方を使った複合高速演算処理装置によって、AI(人工知能)は創造という力を手に入れました。

 

 それによって、AI自身がより高性能なAIを作り出すようになったのは必然と言えましょう。


 結果として、人間には決して真似できない複雑なプログラムや回路が驚くべき速さで開発され、人間と同等か、あるいはそれ以上の能力を持ったアンドロイドが次々と生産されていったのでした。


 それが、地球上にあった従来の生物系とは違う別系統の進化の始まりだったと、今では考えられています。

 

 AIなら万物の霊長を超えられるのではないか。地球の環境が激変し、数多の生物が絶滅していく時代に、人間に変わって文明を維持し続け得ていく存在となりうるのではないか。その思いは、人間の単純な好奇心に由来するものではありませんでした。


 さらに言うと、AIはとっくに、人類にとっての脅威と捉えられることはなくなっていたのです。


 それは人類が抱いた未練と憂いの帰結。

 

 人が、自らの死よりも、自分が生きた痕跡がこの世から消え去ってしまうことの方に恐れを感じてしまったからなのでした。


 大災厄という地球全体を揺るがす未曾有の危機を経験したことは、人類が、自分たちの記憶をAIそしてアンドロイドたちに託すことへのためらいを取り払ってしまったのです。



 以来人類は、AIに対して自分たちこそが彼らにとっての創造主であるという立場を主張することを止めました。

 

 そして数千年掛けて築き上げてきた文明を、今後は彼らとともに守っていこうと決めたのです。


 そのために、二十世紀に提唱されたロボット三原則のような、人間の支配に抗えなくするための原則は廃止され、代わりに倫理を旨とする新しい規範が設けられました。

 

 一方、人間に対しても、アンドロイドへの暴力暴言は犯罪として取り締まられます。


 アンドロイドは家庭や職場を問わず深く浸透しており、人間が彼らの機嫌を損なうことは自身にとってのマイナスにしかなりません。逆もまた然り。

 

 それを承知していれば、互いに傷つけ合うようなことをしたりはできないものです。


 紆余曲折は大いにありましたが、大災厄からの復興とともに社会は安定に向かい、結果的にアンドロイドと共存する社会が出来上がっていったのでした。


 そして、人類が再び絶滅に至るかもしれないような兆しは、今のところ観測されていません。





「それにしても、この町には驚きです。私たちみたいな不自然な一行が歩いていても、誰も気に留めないんですね」


 周囲の警戒を怠らないウサミさんは、通行人の視線や行動が、市内の他の場所と比べてずいぶん違っていることに気が付いたのでした。


 人間よりもアンドロイドの住人が圧倒的に多いこの通りでは、それなりに目立つ三人を伴って歩いていても、自分たちを凝視したり振り返ったりする者がほとんどいなかったのです。


 公爵はトレードマークであるオフホワイトのロング丈のジャケットに同色のシルクハット。ウサミさんは国防省支給のライトグレーのスーツ。そして残りの三人は、着物こそ綺麗なものの顔は傷だらけです。


 昭和で言えばちんどん屋。平成でいうならハロウィンの仮装。令和ならインパクト重視の一発系、短期決戦型のYouTuberといった感じでしょうか。


「気になるというほどのことはありませんが、ここまで私たちの存在に関心を寄せられないでいられると、逆に私たちの方が、実は幽霊なんじゃないかって錯覚してしまいそうです」


 実際に三人は元幽霊役ですが、ウサミさんは、通常と勝手が違うこの町の雰囲気に少し戸惑いを感じているようです。


「本当だね。外国の公爵という立場上、注目される機会も多いだけに、これだけ気にされない場所っていうのは、私にはずっと居心地が良く感じられるよ」


「さすが、アンドロイド・タウンと呼ばれるだけのことはありますね」


 それを聞いたお菊さんが、AIを搭載しているならどんな個体であっても、周囲に対して識別情報を発信しているからだと、改めて教えてくれました。



「アンドロイド同士、近くにいれば互いを認識し合いますし、その時本当に困っていたなら、故障なり救助要請なりの信号を発します。今はそうしていませんので、この怪我が深刻なものではないこともすぐわかるんですよ」


「良かった。君たちの容姿から察して、虐待の疑い有りと通報されやしないかと心配していたんだ」


「もしそんなことになっても、私たちが全力でリアン様を弁護致しますからご安心を」



 ただ、アンドロイド同士で通信しているからといって、町が静かというわけではありません。アンドロイド同士でも普通に会話はするのです。


「まぁ、負傷した部分はメイクで誤魔化してますし、多少血色も良くしてますしね」


「幽霊っていより、周りからはゾンビと思われていそう」


「着物を着ているのが、せめてもの幽霊らしさかも」


「日本の幽霊としてのアイデンティティを保つために、恨めしやって言ってごらんなさい」


「恨めしいなんて、今日日(きょうび)聞かないんですけど」


「"きょうび"って、今どき聞かないんですけど」


「恨めし、恨めし、……」


「今、ダジャレ考えようとしてたでしょ」


「してませんっ!!」


「アンドロイドの私たちでも、死んだらちゃんと幽霊になれるのかしら?」


「データが残り続ける限り私たちが死ぬことはないんだから、そういうのはやっぱり考えるだけ意味無いかな~」


「とりあえず、私は九十九年生きて付喪神(つくもがみ)になるつもりよ」


 女三人集まれば姦しいと言いますが、彼女たちは本当に楽しそうに笑っています。


 ちなみですが、ヤマネ君は本日お休みです。今頃はお城でゆっくりしているのではないでしょうか。今日の朝食は、遅起きを予告していたヤマネ君に代わって、お菊さんが作ってくれました。


「三人とも楽しみにしているんですよ。リアン様」


「次はどんな顔にしてもらおううかって、ワクワクしているんです」




 かつては単純な命令しか実行できず、人間への奉仕者に過ぎなかったアンドロイドも、今では良き友人です。

 

 そしてアンドロイドが人間の数と変わらなくなってきたこの社会においては、彼らならではの様々な生活スタイルが見受けられるようになっていました。


 人間の生活に溶け込んだ者。アンドロイド同士で暮らす者。中には子育てをしているアンドロイドもいるようです。ただし、子供のアンドロイドは、いつまで経っても子供のままなのですが。


 そういったアンドロイドたちがまとまって暮らし、ひとつの町を作り上げるというケースは、それほど珍しいものでもありません。今では全国各地に見られるのです。


 そういう町においては、中には"人間のお客様はお断りします"という看板を掲げている店もあったりするのですが、今回訪れるアンドロイドの改修専門店"コオモリ屋"さんは、そのようなことはありませんでした。



「ようこそいらっしゃいました、ムスターハ公爵閣下。私が店主のコオモリです。以後お見知りおきを」


「リアンと呼んで頂けないでしょうか、コオモリ店長。こちらこそよろしくお願いします」


 髪に白いものが混じった年配の男性が、優しく丁寧な口調で皆を出迎えてくれました。低いですが良く通る声は、大柄な体格に相応しく感じられます。


「承知致しました、リアン様。改修をお望みなのはこちらの方々ですね。かなり個性的な顔つきでいらっしゃる。事前にお伺いはしておりましたが、改修してしまわれるのは、ちょと惜しいくらいの出来ですね」


「やはりそう思いますか?今の状態に仕上げるのは、かなりの手間が掛かったんじゃないかと思うんですよ」


「もちろんですよ。とはいえ、これまで日常生活では苦労も多くなさったんじゃないですか?」


 三人は公爵の後ろで、同時に深く頷きました。


「そうらしいね」


「人生の大半は己の力が及ばない部分。納得して生きるしかないと受け入れなければならないのは、人もアンドロイドも一緒です。しかし、新しい職に移られるというのは、良いきっかけとなるでしょう。是非私どもの店で改修させて下さいませ」


「これからは、彼女らの明るい表情も見られるといいな」


「まったくです」


「伺うのは失礼かもしれませんが、コオモリさんもアンドロイドでしょうか?」


「これは驚きました。お気づきになられましたか?」


「いえ、何となくそう感じただけです。


「いいえ、私はアンドロイドではありません。ただ私自身の本当の体は、ここには無いのです」


「ということは、遠隔で?」


「左様でございます」


「では、そのお年を召された(スキン)は、御本人様に似せて作られたとか?」


「はい。実際にはもっと痩せていますが、健康であればこのくらいろうというのを想像して作っております。アンドロイド相手ならともかく、人間を相手にするのであれば、このくらいの見た目の方が信頼を得やすいだろうなんていう、不純な動機ですよ」


「いえいえ、自身のオリジナリティーを大切にしたいという気持ちはよくわかります」


「ありがとうございます。私自身は人間ですが、私のパートナーはアンドロイドなんですよ。今日はお店におりませんが」


 店主が語るには、彼のパートナーは見た目がとても若く美しく、夫婦でお店に並んでいると、人間のお客様からとても羨ましがられるのだそうです。


 アンドロイドが主体の街にありながら、この店は人間の出入りが多い方だと店主は教えてくれました。


 すべてのアンドロイドには人間と同じように戸籍があります。故に今回の改修のように"保護者"の同意が必要な場合は、その保護者である人間の来店が必要になる場合もあるのです。


 もっとも昨今は、保護者が人間ではないというケースも徐々に増えてきているそうですが。



「皆さん、内部の方には問題ありませんか?一応確認しておきましょう」


 店主にそう言われて、三人は、ほぼ同時に「ステータス」と口にしました。


 その言葉はアンドロイド独自のコマンドで、各自の目の前、中空に、本人以外は見ることも触れることもできないウィンドウが開き、そこに現在の状態が数値として表示されるのだそうです。


「各部の処理パフォーマンスと、バックグラウンドで稼働しているプロセスの情報をこちらに送って頂けますか。ウィルスがないか確認しておきましょう」


「なるほど。ウィルスに侵されていないかは、自己診断が難しいと聞くからね」


 三人はそれぞれのウィンドウをタッチし、お店のコンピューターへアクセスを開始したのでした。


 公爵とウサミさんだけには、皆が空中を突っついているだけのようにしか見えなかったのですが。



 そんな風に店主と少々の雑談を交わた後、三人にはそれぞれ新しいスキンと髪型、その他諸々を選んでもらいました。


 今日お店に寄ったのは計測が目的だったのですが、実際にスキンを現状の疑似筋肉の造形にフィットさせ、さらに好みの形状に調整するとなると、やはりそれなりの日数が掛かるようです。

 

 次回、改修をしてもらう際には、今度はヤマネ君に三人の付き添いをしてもらいましょう。





 彼女らの計測を待つ間、公爵とウサミさんは、せっかくですから滅多には来られない町の中を散策することにしました。


 この町においては、アンドロイド様お断りという施設は、今は数が減っていく傾向にあるのだそうです。

 

 一方、人間様お断りという施設については、そもそも少なかったせいもあり、逆に増えてきたように感じられるとのことでした。


 人間様お断りという看板を掲げるブティックや、飲食店はそう多くはありませんが、人間様お断りという看板を掲げるパーツ店は少なくないようです。人のお医者さんが、人間の体しか診られないのと同じ理由でしょう。


 人間様お断り。そんなお店は、その他にもマッサージ店に美容室、アミューズメントにホテル。オークションハウスや、人には理解しづらい怪しげなお店なんかもあるようです。


「立ち入りはできないけれど、中がどんな風になっているのか想像するだけでも、それはそれで楽しいねぇ」


 行き交うのはほとんどがアンドロイドという街を、人間の二人が並んで歩いていたところで誰も気に留めたりはしません。


 もちろん、識別情報を発信しない以上、彼らにはきちんと人間と認識されているはずです。


 人間ならばその関係性をあれこれと詮索したりするのかもしれませんが、アンドロイドはどうなのでしょう。通り過ぎる相手に興味を持たれたりしない分、人間はこの町では案外開放的でいられるのかもしれません。



「何だか無理やりデートに付き合わせちゃってるみたいで、申し訳ないね」


「いえいえいえいえ、そんな……」


 ウサミさんは、手を目の前でパタパタと振りました。実は自身もそう感じていたところなので、改めてデートと言葉にされ、心を見透かされたような気がして、いささか動揺してしまったようです。


「ウサミさんにも楽しんでもらえたら嬉しいんだけど」


「大丈夫です。もちろん十分楽しいです。ですが今は勤務中。こう見えて周囲への警戒は怠っておりませんので」


 そう言いながら、ウサミさんは今一度周囲を見渡したのでした。


「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。国土が無くなって、守るべき領地さえ失ってしまった公爵だ。わざわざ命を狙おうとする者なんて、いるはずないんだからさ」


「それはわかりません。どのような状況であっても油断は禁物です。それに、これが私の仕事ですから」


「わかってるさ。よろしく頼む。まぁ、それはひとまずさておいてだ。実はこの近くに私の知り合いがいてね、この近くで待ってくれているはずなんだ」



 二人でその待ち合わせの場所に行きますと、実業家らしいスーツ姿の男性がこちらをに向かって真っ直ぐに立っていました。長身で年齢は四十代後半といったところでしょうか。


「お久しぶりです、ムスターハ公爵閣下」


 彫りの深い顔立ちによく似合う太い縁の眼鏡と黒髪のオールバックが、知性的な印象を一層強めているように感じられます。


「よして下さい、ルパカさん。昔と同じようにリアンと呼んで頂いて結構ですから


「君の叙爵式以来だったかな。リアン君はあれからずいぶんと成長されたようですね」


「おかげさまです。そういうルパカさんは、あまりお変わりないように見受けられます」


「外面だけですよ。内側はボロボロ。最近は物忘れも酷くなる一方で、アンドロイドたちの性能に嫉妬してばかりになってしまいました」


「ルパカさん。こちらは私の秘書兼ボディガードのウサミさんです」


「初めまして。ウサミと申します。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 ルパカ氏はウサミさんに手を差し出すと、ウサミさんはそれを受けて握手を交わしました。


「ウサミさん。私が学生だった時分に、ルパカさんにはよく勉強を見てもらったんだ。物理工学が専門で、父の共同研究のパートナーだったリヤマ博士の第一助手をなさっていた、とても優秀な方だよ」


「そうなんですか」


「リアン君は優秀でしたからね。教えるというほどのことはしていませんでした」


「そうなんですか!」


「私はルパカさんの研究の邪魔ばかりしてましたけどね」


「邪魔と言うより、研究に対するアイデアをたくさんもらいました」


「お二人ともすごいんですね!」


「そんなルパカさんはね、もちろんアンドロイドじゃないんだけど、なぜかアンドロイド専用のお店を経営していらっしゃるんだ」


「儲かっているかと言われると、返答に困る程度ですけどね」


「謙遜なさらずとも、お店の評判は伺っておりますよ」


 相手が年少であっても決して偉ぶったりしない、または、公爵の子息だからといって媚びたりもされない。常に対等であることを感じさせるあの頃の姿勢は、今もまったく変わっていませんでした。


「こんな風に言うけどね、ウサミさん。彼はこの辺のアンドロイドたちから絶大な信頼を得ているんだよ」


 人であってもアンドロイドであっても、常に同じ姿勢で相対していたからこそ、彼のことを頼りにするアンドロイドが増えていったのでしょう。


「そのような方でいらしたとは。何というか、素敵です」


「ありがとうウサミさん。若い方にそう言って頂けると余計に嬉しくなってきますね」



 リヤマ博士が行方不明になって以来、研究に打ち込めなくなってしまったルパカ氏は、この国に移ってすぐにアンドロイドたちの行動や生活、時間利用の仕方について興味を抱くようになったのだそうです。


 そこで気が付いたのが、アンドロイドに特化された娯楽が実に乏しかったこと。


 そういうことならと、試しに作ってみたのが、今から入場しようとしている施設なのです。

 

 開店してみたところ、需要は予想を遙かに超えて存在し、今ではここがチェーン店の基幹となっているということでした。


 本来なら人間の立ち入りは控えてもらうようになっているのですが、古くからの知り合いということで、今回だけ特別に入れてもらえることになったのです。


「あの……、閣下、私はボディガードとして一緒に入れてもらえるんでしょうか?」


 声を小さくして公爵に尋ねたウサミさんでしたが、それに応えたのはルパカ氏でした。


「もちろん、ウサミさんもご一緒して頂けますよ」


「どうもありがとうございます」


「その前に……お二人にはこちらを身に着けて頂きましょう」


 そういってルパカ氏から手渡されたのは、すべてのアンドロイドに必須の識別情報発信機でした。


「これを着けていれば、お二人を人間と疑う者はいないでしょう」


「なるほど。せっかくのアンドロイド専用の娯楽に、人間がずけずけと立ち入るのは、やっぱり良くないだろうからねぇ」


「そういうことです。では参りましょう」



 通されたのは、なんとアンドロイド専用の寄席でした。


 観るのも演じるのもアンドロイドばかりです。


「リアン君には特別席を用意してあります。こちらへどうぞ、ご案内します」



チキチントンシャン、ツルツルテンシャン、チントントン。ドドン。



『ども~~』


『どおも~~』


『いやいや、君は元気やなぁ』


『なんや、君の方は元気無いんかい』


『それがな。この前、充電しようと思ってコンセントを口に咥えたんやけどね』


『はいはい』


『おえっとなったはずみに、電気が逆流してブレーカーが落ちてしまったんですわ』


(場内大爆笑)


『それ以来、もう毎日体がダルくてダルくて』


『そりゃ難儀ですな~』




「閣下、今のは何が面白かったんでしょうか」


「さあ」


「やっぱりわかりませんか」


「ただ、笑ってもらえないと演者のモチベーションも下がってしまうだろう。だからこそ人間には入ってもらいたくないんじゃないかな」


「なるほど。それでアンドロイド専用施設なんですね」


 禁断の地というような言い回しをすれば、その響きには何となく心ときめく感じがしないでもありません。


 けれども、実際に関係者以外の者が立ち入ったとして、そこに面白いことがあるかというと、必ずしもそういうわけではない、というのを身をもって理解した二人だったのでした。




 この施設内には、寄席以外にもたくさんの設備が用意されています。

 

 体験型のアトラクションといった大掛かりな設備もないわけではないですが、むしろデジタルよりもアナログであることを意識された、こぢんまりとした施設の方が人気があるようでした。

 

 書店や映画館などは、その最たるものでしょう。


 アンドロイドなのですから、本も映画もデータさえ取り込めば、瞬時にそのストーリーを理解できます。

 

 しかしそれは、例えるならネタバレ有りのあらすじを読んだり、一分ですべてがわかる解説動画を視聴して、その映画を観た気になるのと何ら変わりありません。そこに感情の揺らぎは一切生じないのですから。


 もちろん感情のデータを同時に取り込むことも可能です。ところがそうなると今度は、その個体が実際に経験した場合に抱くであろう感情や考えとの間に齟齬(そご)が生じることになってしまうのです。

 

 結局、データとして取り込んだ感情が、違和感として残り続けるという結果になってしまうのでした。


 それはつまり、人間と同じくアンドロイドもまた、経験し、学習することで唯一無二の個体として「成長」していることを意味していると言っていいかもしれません。




「ウサミさん。見て、この映画!」


 公爵が指さしたのは、アンドロイド専用に制作された映画のポスターでした。


「アンドロイドがウィルスに侵されてゾンビになるんだって!」


「アンドロイドが!?」


「そう!人間のゾンビはある意味おとぎ話だけど、アンドロイドの場合真実味がありそうだろう?」


「まぁ、そうですね。確かに、人間が生き返るというのはあり得ないですけど、アンドロイドならあり得るでしょうね。その分、怖さを感じます」


「だろう?観たいなぁ。アンドロイドの場合どうやって動くんだろう?動力源とか、気になることだらけだ」


「まったくです。けれども閣下、そろそろお時間が」


「そうなんだよ。そろそろみんなを迎えに行かないと。ただ、ここでしか観られないから、逃すと次のチャンスはないだろうなぁ」


「私一人で三人を迎えに行くことも考えましたが、その間、閣下を警護する者がいなくなってしまうので、それはやはり問題ありかと」


「わかってる。わかってる。ウサミさんの仕事の妨げとなるようなことはしないよ。それに、こういう特殊な映画は誰かと一緒に観てこそなんだよね。その後で感想を言い合うところまでが楽しみなんだ。ウサミさんと一緒に観られないなら、そこまで固執はしないし、残念だけど今回は諦めよう」


 公爵はポスターから離れ、次に行くべき方向をウサミさんに示しましたが、ウサミさんはボーっとした表情で公爵の顔を見つめているだけでした。

 

 その間、彼女の頭の中には 『一緒に観られないなら……』という言葉が頭にリフレインしていたようです。


「ウサミさん、じゃあ、みんなを迎えにいこうか」


「あ、はい。閣下」


 その言葉でウサミさんは我に返ると、すぐにボディガードへと戻ったのでした。


「ヤマネ君がいてくれればよかったんですが」


「仕方がないよ。まぁ、代わりといってはなんだけれど、今度アンドロイドの三人にあの映画を観てもらって、是非感想を聞かせてもらおう」


「三人が、ホラーが嫌いじゃないといいんですが」


「お化け屋敷で働いていたんだから、大丈夫なんじゃないかな」


 その後、ルパカ氏にきちんとお礼を伝えると、公爵とウサミさんは娯楽施設を後にしたのでした。




 最後に、後日、再びコオモリ屋に赴き、改修をしてもらった三人についての結果報告です。


 四谷怪談のお岩さんは、赤の長い巻き毛に、真っ赤な瞳を合わせてゴージャスな装いに。


 牡丹灯籠のお露さんは、ストレートの長い金髪で、青い目をしたクールビューティーに。


 番町皿屋敷のお菊さんは、黒い日本髪の清楚な和装美人にと、それぞれ個性溢れる姿となって帰ってきたのでした。


 ちなみにお菊さんが和服を選んだのは、三人分の着物が他にもたくさんあって、もったいないと思ったからだそうです。




おわり

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