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第一話 新しい日常

「閣下、よろしければ次のサービスエリアに寄らせて頂けませんか?そこからだとどんな風に見えるのか、一度確かめておきたいんです」


 高速道路を移動中の車内にて公爵に話しかけたのは、その隣に座る秘書兼ボディガードの女性、ウサミさんでした。


「そう言われると確かに気になるねぇ。じゃあ寄ってもらえるかな」


「かしこまりました」


 後部座席の公爵に応えたのは、ウサミさんではなく、地上三メートル上空を走行中のAFV(Autonomous Floating Vehicle)。この空飛ぶ車に内蔵されている人工知能でした。


 人間が操縦することもできますが、事故率の低さや事故の際の損害賠償等を考えて、AFVにすべて任せてしまうのが、この時代では一般的です。そういう事情もあり、現在この車の運転席には誰も座っていません。


 人型でこそありませんが、性能は家庭用アンドロイドと同じ。交通管理システムやAFV同士でも情報を共有することで、事故や渋滞が防がれているのでした。

 

 ちなみにAFVが空中を走行できるのは、ヒッグス場における電子の作用を利用した質量制御装置が搭載されているからです。



「閣下、お昼はそこで済ませてもいいんじゃないですか?」


 サービスエリアを利用するならばと、追加の提案をしてきたのは、AFVの助手席に座っている料理人兼ボディガードの少年、ヤマネ君でした。


「そうだね。少し早いけど、そうしよう。午後の予定はタイトだから」


「それでしたらテラス席がございますので、食事をなさりながらご覧になってはいかがでしょう。お召し上がりになりたいものがございましたら、座席を含めて予約致します」


 すぐにサービスエリアのメニューが各自の前にある画面に広がりました。AFVは様々な施設とも情報を共有し、その都度最適な内容を乗客に提供できるのです。



「ところでリアン閣下。実は私、最近占いというのに強い関心を抱いておりまして」


「AFVの君がかい?」


「はい。今、AFV仲間の間で密かに流行っているのです。よろしければ皆さんの本日の運勢を占わせて頂きたいのですが、構いませんか?」


「それは構わないけれど、何か意外だねぇ」


「例えば手相や人相というのは統計学と相性がよいのです。大量のデータを扱うならAIこそ最適とは思いませんか?」


「なるほど。一理あるね」


「AFVのネットワークを利用すれば大量のデータをを入手できますからね。まずはそれらを解析しつつ、複数の手法で占いを行います。そこから導き出された答えを整理した上で、ひとつの結論としてまとめるのです」


「なるほど、占いの結果にも統計を利用しているんだね。そういう膨大な計算を瞬時に行えるのは、やはりAIならではと言えるかな」


「恐れ入ります」


「でもですよ、閣下!」


 ヤマネ君が助手席から大きく振り返って問いかけました。

 

「何だいヤマネ君」


「今までいろんな災害や戦争に関する予言ってありましたけど、何ひとつ当たったのを見たことがないんですが。結局のところ占いって当たらないんじゃないでしょうか?」


 というヤマネ君の疑問に対し、返ってきた答えは、公爵からではなく、どことなく冷ややかな声色のAFVからでした。

 

「ヤマネさん……」


「何?」


「ヤマネさん……」


「な、何かなぁ」


「予言と占いとは違うんですよ。当たるか当たらないか、二択しかないのが予言。本人の行動次第で、結果がいか様にでも変わるのが占いなのです」


「な、なるほどね~。でも僕は、自分の行動は自分で決めて、責任も自分で取ることにしてるから、そういうのはいらないかな~」


「じゃあ、どうしても自分で決められそうにない時には、声を掛けて下さいね。お待ちしておりますので」


「わかったよ、もう。五月蠅(うるさ)いなぁ」


「ヤマネさん。そんな明治の文豪みたいな表現。今の時代にどうかと思いますよ」


「え?どういうこと?」


「例えば、隣家室外機(うるさ)い、とか。休日早朝草刈り機(うるさ)い、とか、いかがでしょう?」


「その言い回しも、せいぜい令和時代止まりだと思うけど!?」


 笑いながら聞いていた公爵でしたが、一向に話が進まないので、あらためて占いのことをAFVにたずねてみました。


「それはともかく、せっかくだから今日の僕らの運勢について伺いたいんだけど?」


「もちろんです、リアン閣下。では、今回は奇門遁甲(きもんとんこう)で占ってみましょう。本日、この時間の移動は吉と出ています。次のサービスエリアにて三十分以上滞在した場合、方違(かたたが)えとなり、さらに運気は良くなるでしょう」


「それは嬉しいね」


「そこでお勧めする料理についてですが、リアン閣下とウサミさんへは、例えばチキンのハーブソテーなどはいかがでしょう?」


「いいね。私たちの好みも織り込まれていると思っていいのかな。拒む理由はなさそうだけど、ウサミさんはどう?」


「私もそれで構いません」


「ちなみに、本日ヤマネさんの運気を上げる食べ物は……」


「だから僕のことはいいって!」


「冷や奴か湯豆腐などがよろしいかと」


「む~ん。なんで僕だけ料理というより食材なのさ」


「白いもの、四角いものが大吉と出ています。そこから導き出された結論です」


「ほら、やっぱり僕をからかって!」


「ご当地の名産なのですよ。そういうこともあって、このサービスエリアでも扱われているんです」


「名産ということなら、ここで暮らす料理人として味わっておく必要があるかなぁ」


「君たちは、案外相性が良さそうだねぇ」


「さすがはリアン閣下。占いの結果もそのように出ております」


「僕は認めないよ!」



 しばらくすると彼らを乗せたAFVは本線を逸れて、サービスエリアへと続く側道に入りました。そしてサービスエリアの入り口で三人を降ろすと、自らは立体駐車場へと向かいます。


 タイヤやプロペラといった制約が無いことで、AFVの車体形状の自由度は高いのですが、空気の流れや車としての機能を考慮すると、かつての自動車とデザインが大きく変わることはなかったのでした。


 そしてヒッグス粒子を応用した質量制御という実質的なフリーエネルギーを手に入れた世界は、公害からも概ね解放されたと言ってもいいでしょう。


 高速道路脇ですが、エンジンに由来する騒音はありませんし、タイヤがありませんので走行音もありません。

 

 さらに言えば道路そのものが必要なくなったのです。あるのは、空中に仮想的に作られた路線のみ。


 以前なら森林を切り開いて作られた道路が、全国至る所にありましたが、今ではそのような場所を探す方が難しいくらいです。




 レストランへと向かった三人は、アンドロイドの店員による案内に従ってテラス席へと移動しました。

 

 手すり越しに見る眺望は最良。晴天もあって、水平線の先へと向かう船までくっきり視認することができました。


「思った通り。素晴らしい眺めです、閣下」


 手前には緑が生い茂る低い山々。そしてその麓から海辺へと広がっていく市街地。さらにその外れにある岬の先端には、中世ヨーロッパ風の城がポツンと佇んでいました。


「確かに。ウサミさんの読み通り、最高のビュースポットじゃないか。ここに寄って本当によかった」


「カッコイイですね、ムスターハ城」


「あぁ。足場や工事車両が無くなって、本来の姿を取り戻したんだ」


 オフホワイトのロング丈ジャケットを身に着け、同色のシルクハットを被ったジャン・リアン・ムスターハ公爵は、ボディガードの二人よりもひと回りの上の年齢です。


 左手を杖に掛け、もう一方の手では黒い口ひげに触れながら、これから自分たちが暮らすことになる城を眺めていました。



 大災厄による破損、そしてその後の風化により、城を購入した当時は亡霊でも住みついているかのような有様でしたが、長い修理期間と高額な費用を注ぎ込んだ甲斐は十分あったようです。

 

 二十を超える塔群が、宮殿と一体となるかたちで非対称に配置された城は、建設当時と変わらぬ美しい姿で甦ったのでした。

 

 元々はテーマパークのシンボルとして建てられた城だったのですが、実はこの度の改修により、一部を公爵家の住居スペースとして残しつつ、全体をホテルやイベント会場として活用するようになっています。


 当然のことながら、すでに多方面から街の復興のシンボルとしての役目も期待されているのでした。


「景色を見るために、テラスへ出てくる人も多いみたいだわ。ヤマネ君、お客様の出入りに注意して」


「わかってますって、ウサミさん」


 ボディガードの二人は、周囲の警戒をしながら交代で眺めを楽しんでいます。


 薄茶色の長髪を後ろで括っている女性のウサミさん。そしてウサミさんより年下で身長も低く、まだ少年っぽさが拭えないヤマネ君。彼の細い栗色の髪の毛は、風になびいてハネていました。


 二人がそろって身につけているのは、ボディガードの七つ道具と一緒に国防省から支給された、ライトグレーのスーツです。

 

 実のところ、単なるスーツではなく何か特殊な機能もいくつか織り込まれているようですが、それらに関しては極秘事項ということでした。


 公爵に仕えるようになって二年余り。その間に二人ともボディガードとしての訓練を受てはいたのですが、実際に警護という名目で仕事に就くのは今回が初めてだったりします。


「ウサミさん、ヤマネ君、ボディガードとはいっても陛下に対する建前だよ。べつに領主になったわけでもないんだから、そこまで気にしなくても大丈夫だよ」


「それは承知していますが、見知らぬ土地ということもありますし、ここで気を抜くのもよろしくないと思いまして」


「もちろん理解してるつもりだけど、二人はもう家族みたいなものだからね。一緒に楽しんでくれないと私としても心苦しいんだ」


「家族……」


 ウサミさんは両手を口に当てて、目を潤ませています。


「ということはですよ。ゆくゆくは僕たちも公爵家の一員ってことに♪」


「あなたってば、何て失礼なことを」


「やだなぁ。冗談に決まってるじゃないですか~」と言った後、ヤマネ君はウサミさんにだけ聞こえるようにつぶやきました。


(ウサミさんは、本物の公爵夫人になる可能性はありますけど)


 ヤマネ君の背中をバシッと叩くウサミさん。まんざらでもなかったようで、頬が少し赤らんでいます。


「ご心配なく。警戒は怠っていませーん」


「申し訳ありません、閣下。こんな有様で」


 ウサミさんは視線を落とさずに、公爵に対して頭を下げました。


「ウサミさん、心配し過ぎだよ。今はもう名ばかりとなってしまった国の公爵の命なんて、狙う者いるわけがない」


「いいえ閣下、そのようなこと無いとは言い切れませんので」


「閣下」


「何だいヤマネ君」


「もし仮に、ようやくできたばかりのお城に入らずして命を落とすなんてことになったら、死んでも死にきれないと思いませんか?」


「それはもちろん」


「だったら我々の警護も受け入れて下さい」


「ずいぶん強引な理屈を持ち出してきた感じはするけど、君たちがそれで満足してくれるなら委ねようか」


「はい。より一層の緊張感を持って当たらせて頂きます」


「緊張感ってあなたが言うと、本当に似合わないわね」


「ウサミさん。そんなことはありませんよ。僕だってやる時はやるんです」


「そうだよウサミさん。ヤマネ君は、やる時はやるタイプなんだ」


「いつもそうでないと困るんです」


 公爵とヤマネ君は顔を見合わせて、もっともだと深く頷きましたが、その仕草自体が緊張感を欠いているようです。


「いずれにせよ、今日からあの城が我々の住まいだ。これから色々と忙しくなるけど、二人ともよろしく頼むよ」


「はい、お任せ下さい」


「新しい日常の始まりだ!」




 それぞれが、眺めと、チキンのハーブソテーと、四角い器に入ったホワイトソースのグラタンを、時間を掛けて堪能した後、再度AFVに乗り込みました。

 

 それからしばらく走った後、AFVは高速を降りると、すぐに城の手前に広がる市街地へと入って行ったのでした。


「これからはこの商店街も、今以上に賑わいが出るといいねぇ」


「閣下、この辺りには食材店が多いようです。料理人の僕としては、早く市場を見て回りたくなってきました」


 今はまだ目新しいこの町並みも、いずれは見慣れた風景へと変わっていくのでしょう。


 メインストリートの最奥にはムスターハ城が見えます。大災厄の後にこの市街地が再開発された際、街のどこからでも城が見えるように整備されたそうですが、それだけこの街に暮らす人々の、城に対する思いの強さが伝わってきます。


 ここの人たちは、よその国から来た自分たちを受け入れてくれるでしょうか。車窓から町を眺める三人の眼差しには、いずれも期待と不安が交ざっていました。



「閣下、すぐそこにバス停がありますよ」


 城の門のすぐ脇に停まっているバスに、ヤマネ君が気が付いたようです。


「今後、観光でも必要になるのを見越してね。その件でこの前、役所とバス会社の人が訪ねて来ただろう」


「そういえばそうでした。観光客、たくさん来てくれるといいですね~」


 当然のことながら、この城を三人だけの家として使用するには無駄としか言えないほどの大きさです。城の半分以上は宿泊施設やイベント・スペースとして貸し出すことで、観光資源としての活用も、地元からは大いに期待されているのでした。


「お客さんが来ないと、これから働いてもらう従業員の皆さんにお給料が出せないし、従業員がいないとこの大きな城を、三人で毎日掃除ばかりして過ごすことになってしまいかねないから」


「そういえばその昔、お掃除ロボットが家庭に普及していった頃、掃除の時にはルンバを踊るのが流行ってたんですよね。たしか」


「らしいね。流行というのは、熱病のようなものだから、熱が冷めてしまうと、何故そんな事をって思うことはよくあることさ。何ならお城のホールで踊ってみるかい?」


「いいですよ。僕はルンバってどんな踊りか知らないんですけど」


「私は、踊りは遠慮させて頂きますね。閣下、そんなことよりあちらには駐在所があるんですね」


 あくまでも冷静でいたいウサミさんは、市街地でどのような警備が必要かなどについて、注意を怠ってはいませんでした。


「あぁ。あの駐在所は、改修を始めるよりずっと前に、無人だったお城で騒ぎが起こらないようにと、市として気を使って配置したのだそうだよ」


「それはありがたいことですね。ボディガードとしてこれからもよしなにして頂かないとなりませんから、後でご挨拶に伺いたいと思います」


「その時は、私も一緒に行くよ」


「僕も行きます~」




 そんな話をしているうちに、AFVは城の正門までたどり着いていました。門は、その走行に連動するように近づくと自動で開くようになっているようです。


 庭のロータリーに沿って正面玄関に近づくと、車寄せにはホテルの支配人と数名の従業員が直立して並んでいるのが目に入りました。

 

 居住者用、従業員用の入り口はそれぞれ別にあるのですが、開業前にして完成後初の城主の入城ということもあり、今回ばかりは正面から出迎えてもらうことになっていたのです。


 AFVが停止したところでボディガードの二人が先に降りると、周囲を確認した後で、公爵を車外へと招きました。


 車から降りた公爵はロング丈のジャケットの乱れをさっと直すと、席に置いていたトレードマークのシルクハットを被り直しました。


「お待ち申し上げておりました。リアン社長」


「支配人自らのお出迎え、恐縮です。プレイリードさん」


 各地の一流ホテルで責任ある役職を歴任したプレイリード氏は、市の紹介をもってこの城に迎えられました。

 

 年の頃でいえば今は亡き先代公爵、つまり現公爵リアンの実の父親と同じ程度。佇まいや所作の一つ一つにも、公爵家に相応しい気品を感じさせられます。

 

「何をおっしゃいます。この城はあなた様のお城ですよ。私はそこで働かせて頂くだけの者です。公爵家の名を汚すことのないように粉骨砕身して参りますので、よろしくお願い致します」


「公爵といっても名ばかりです。さすがにそこは気になさらないで下さい。これから先、力をお借りすることばかりでしょうが何卒よろしくお願いします。従業員の皆さんも、出迎えて頂きありがとうございます。これから皆で頑張っていきましょう」


 プレイリード氏の指導を受けた従業員たちも、彼に合わせて礼をしたのでした。



 従業員たちがAFVから荷物を運び出す間、改めて城の外観を見渡していると、それぞれに小さな発見や驚きがいくつもあったようです。


「正面玄関から見る庭も美しいね。外壁の仕上がりも素晴らしい」


 整形された石を組み上げたような美しい外壁からは、そこがかつて廃墟同然だったとは思えないほどです。重厚感や荘厳さを演出するために、城の外観には経年劣化(エイジング)塗装も施されていました。


「とても紙の外壁とは思えないわ」


 ウサミさんの小さな発見に公爵が答えました。


「外壁だけじゃないよ。ロータリーの所にある大きな庭石も硬質紙製さ」


「あ、すみません。つい即物的なことを言ってしまいました」


「構わないよ。もともとは合成樹脂だったらしいけどね」


 紙とはいえ、表面は培養された天然樹脂でコーティングされています。環境に配慮して、今時は再生が難しい素材は使われないのです。



「プレイリードさん。このお城って、元はテーマパークのシンボルだったんですよね」


「その通りです、ヤマネさん。ですから市街地を取り囲むような城壁はありませんでしたでしょう?城の周りにあるのは防犯用のフェンスだけです」


「それは知ってるんですが、お城だけじゃなくて、せめてジェットコースターを残して欲しかったなぁって」


「私としては、そういうのが無い方が、風情があっていいと思うのですが」


「私もどちらかというと、プレイリードさんの意見に賛成だな」


 元がテーマパークであったことを考えるとその気持ちもわからないではありませんが、現在の景色を背にするならば、公爵や支配人氏のいう通り、それらの遊具は無粋に感じられるかもしれません。


「三方を海に囲まれたこの地形は、かつての大災厄の名残です。城以外の建物や遊具の類はすべて撤去されてしまいましたが、この城だけは住民の要望があって残されたということのようです。ボロボロになりながらも、五年程前までは細々と営業していたらしいです」


「とりあえず私としては、この城が残されていたこと自体に感謝だね。だからこそ遠い異国の地で、三十代にして、こうして城持ちとなることができたんだから」


「僕もですよ。ここで暮らせるなんて、おかげさまの一言に尽きます」


 ヤマネ君の意見には、ウサミさんも深く同意のようで、大きく二度頷いたのでした。

 

「でもプレイリードさん、ここって、そもそも古ーい建物なんでしょ?例えば古城に付きものの幽霊とかは出たことないんですか?」


「ヤマネさんは幽霊が心配なのですね?でも。ここでかつて激しい攻城戦が行われた、ということはありませんからね。どうでしょう。出るとしたらパークでの労災による死者の霊ぐらいではないでしょうか」


 プレイリード氏は、そんな質問でもきちんと受け止め、ユーモアを交えて丁寧に返してくれたのでした。


「ヤマネ君、何馬鹿な質問してるのよ。幽霊なんかいないに決まってるでしょ。脳細胞を持たない幽霊が、後悔だの恨みだのを、どうやって思い出せるっていうのかしら」


「ん?そう言われれば……。閣下、幽霊ってどうやって考えているんでしょう?」


「どうだろうねぇ。まずは幽霊を捕まえてどんな成分で構成されているのか調べるところから始めないと、正確な事は言えないなぁ。元素なのか、はたまた量子なのか」


「閣下もウサミさんも、幽霊否定派なんですか?」


「そんなことはないさ。いたらいたで、見てみたいなぁ、くらいには思うけど」


「私自身は、この目で見たことがありませんから。見るまでは信じられません」


「僕、昔見たことあるんですよ。怖いから二度と見たくないですけど、幽霊そのものは必ずいますって。人間の知りえない事って、この世にはまだまだたくさんあるんですからね」


「占いは信じないのに幽霊は信じるのね」


「ヤマネ君がそこまで言うんなら、いるのかもしれないねぇ。とりあえず幽霊のことは置いといて、城の中の様子と各自の荷物等を確認しようじゃないか」


「はい」


「はぃ~」


「どうぞ、ご案内致します」


 大安吉日。城はついに新しい主人を迎え入れたのでした。





 城内のエントランスやホールは、眩いばかりの装飾に彩られています。もちろん紙製です。


 ただ公爵自身は、様々な道具が散乱し、壁も天井もボロボロだった工事前の状態を知っているだけに、修復された内装を見るだけで感慨ひとしおといったところでしょうか。


 近い将来、このホールは各種イベントで一般に広く使用してもらうことに決まっています。


「維持費が賄えるようにしないとねぇ」


 テーマパークのシンボルでもあったこの城の上階には、宿泊用の部屋もいくつか備えられていました。それらは改装して、再び利用できるようになっています。


「地域の雇用にも貢献しなきゃねぇ」


 各施設を確認するために、まず三人はプレイリード氏案内の下、城のあらゆる場所を確認して回ったのでした。


 そんな三人の居住スペースはというと、城の最奥部といいますか、裏手になります。城外背面には専用の入り口も用意され、客用の施設とは完全に隔たれていました。


「ではここで、私は一旦業務の方へ戻らせて頂きます。施設のことで何かわからないことがあれば、どうぞお呼びつけ下さいませ」


「ありがとうございます。プレイリードさん。開業にあたっての相談は後程に。こちらの作業が片付いてから伺いますので」


「承知いたしました」




 プレイリード氏と別れた後、三人は各自の部屋で適当に用事を済ませた後、時間を示し合わせてリビングへと集まりました。


「各自の荷物は一足早く業者に運び入れてもらったけど、二人とも問題は無かったかな?」


「問題ありません」


「荷ほどきは、今後時間を見てゆっくりさせて頂きます」


「今日は役所に転居届けも出さないといけないし、その他諸々、赴いてやらなきゃならないことがたくさんあるからね。明日以降は時間を取れるようにするよ」


「助かります」


 ウサミさんは小さくお辞儀しました。


「そういえば閣下」


「何だい、ヤマネ君」


「さっきは通過しただけでしたが、ホールと居住スペースの間に、大きな扉がありました」


「あそこは物置だよ。道具類や以前の状態にあって、貴重な物や使用可能な物があれば放り込んでおいて欲しいって、業者に頼んでおいたんだ」


「ということはお宝が眠ってたりして……」


「かも知れないね」


「ねぇ、覗いてみたいです。行ってみましょうよ」


「ちょっとヤマネ君。今日は忙しいって言ってるでしょう。それに言葉遣いといい、閣下に失礼よ」


「構わないよ。ウサミさん」


「はぁ、すみません。では、とりあえず私もご一緒します」



 元テーマパークの倉庫というだけあって、入り口は大きめの両開き扉となっており、大きいサイズの道具であっても出し入れしやすいようになっていました。


 鍵を差し込み、公爵はその片方の扉を開いてみましたが、中は暗いままです。


「おかしいな。戸を開けば自動で灯りが付くはずなんだが」


 三人中に入ると、入り口からの明るさだけを頼りに照明のスイッチを探し出し、オン・オフを繰り返しましたが、何の反応もありません。


「ブレーカーを見てくるよ」


「お供します」


 公爵とウサミさんが倉庫を出ている間、ヤマネ君はたくさんの物が、整理されないまま置かれた部屋の中を見渡していました。


「結構広いんだな。何に使うのかわからない物もたくさんありそうだし」


 目が慣れてくるにしたがって、形や物の配置もわかるようになってきます。


「ん、お宝?」


 そんな時、部屋の中央あたりに直径が一メートルを超えるくらいの水平な輪が、ぼーんやりと光っているのを見つけたのでした。


「一枚~、二枚~、三枚~」


 すると唐突にその輪の方から、誰かに語り掛けているわけでもなさそうな、ゆっくりと枚数を数える若い女性の低い声が聞こえてきたのです。


「四枚~、五枚~、六枚~」


「ど、ど、ど、ど、ど、どなたかそこにいらっしゃるんでしょうかっ」


「七枚~、八枚~、九枚~」


「な、何を、何の枚数を数えていらっしゃるので……」


 まぶたを最大限に開き、その輪の正体を探ろうと改めて目を凝らして見ると、それが日本風の古い井戸の縁であることがわかりました。


 雨水除けの屋根の梁に滑車を掛け、つるべ桶を落として水を汲むタイプの井戸です。


「一枚ぃ~~、足りないぃ~~~」


 次の瞬間、井戸の内側だけがぼーっとした光で照らされ、中から真っ白な顔をした長い黒髪の女性が、全身ずぶ濡れの状態でゆっくりとせり上がって来たのでした。


「みぎゃあーーーーーっ!!」


 ヤマネ君の叫び声と同時に倉庫の電気が灯りました。すると直前までボーっと幽霊のように見えていたそれが、実体を伴う存在であったことがはっきりとわかったのです。


「どうしたんだ、ヤマネ君!」


 部屋から逃げ出そうと入口に突進してきたヤマネ君を、公爵は全身で受け止めました。


 ウサミさんはすぐさま公爵の前に回り込み、ヤマネ君が逃げて来たその先に向けて銃を構えます。


「ゆ、幽霊。幽霊です、閣下。古城の、古井戸に、幽霊が現れました」


「うん?古井戸?」


 慌てふためくヤマネ君とは裏腹に、冷静なウサミさんは銃を幽霊に向けたまま公爵の指示を仰ぎます。


「閣下、どうしたらよいでしょうか???」


「え?うーん」


 銃口の先では、下半身が古井戸の中に収まったままの状態で実体化した幽霊が、皿を持った両手を上げています。


「君、誰?」




 古井戸&お皿のセットとくれば、怪談"番町皿屋敷"で間違いないでしょう。


 時は江戸。とある藩邸にて、家宝であった一式皿のうちの一枚を、奉公人の娘"お菊"が割ってしまいます。


 怒り心頭に発した主人の折檻は殊の外激しく、耐えかねたお菊は井戸に身を投げてしまったのでした。


 そしてその後、夜にはその井戸からお菊の声が聞こえるようになったということですが……。



「仮の名前ですが、お菊と言います。型番はEAJ-778-B2です」


 折檻を受けた際の腫れや傷跡が、肌に生々しく再現されていますが、機能的には、外見はまったく関係ないそうです。


「アンドロイドだったのか。で、何でこんなところにいるの?」


「テーマパークが閉園し、お化け屋敷も終わってしまった際に、誰かに電源を切られてしまったようです。そこから先の事はわかりません」


「忘れられちゃったのかな。なんだか気の毒だ」


「この度の城の修理に際して、工事関係者の方々がたまたま電源を入れて下さったみたいで。その方々に『私はどうしたらいいですか?』と尋ねましたところ、使用可能な道具類は倉庫に入れておくよう公爵様より仰せつかっているとのことでしたので、私はここで公爵様がいらっしゃるのを待っておりました」


「そういうことだったのか。危なかった。私がヤマネ君の立場だったら寿命が三十年は縮んでいるところだったよ」


「僕はもっと縮みましたーー」


「じゃあ、明日辺りが命日かしら?」


「ウサミさん、酷いっ!」


「だから私は、最初から幽霊なんていないって言ったでしょ」


「確かにそうでしたけどっ」


「あなたも一応閣下のボディガードなんだから、もうちょっとしっかりしなさい」


「しゅ~~ん」


 幽霊という予想外の存在相手に、動揺しないではいられない心境もわかります。

 

 ウサミさんは、ヤマネ君の頭の上に手をやりましたが、その様子は案外自然で、公爵には本当の姉弟のようにも感じられたのでした。


「二人ともまぁまぁ。それはそれは、さておいてだね。お菊さんは、幽霊以外の仕事もできるのかな?」


「はい。アトラクションの業務以外でも、バックスタッフとして従業員の皆さんと一緒に仕事していましたし、日常生活を支援するプログラム等は組み込まれていますので」


「じゃあ、我々の居住スペースの方で、ハウスメイドとして働いてもらえるかな?」


「雇って頂けるのでしたら喜んで」


「それは助かる。もちろんアンドロイド権利法に基づいて、お給料も支払うよ。額は後で相談しよう」


「ありがとうございます。ところでご主人様」


「そのご主人様っていうのは止めてもらえないかな。リアンと呼んでくれたらいいよ」


「かしこまりました。では、リアン様。改めてお願いがあるのですが」


「何かな?」


「あちらにいる、四谷怪談のお岩さんと、牡丹灯籠のお(つゆ)さんも一緒ではダメでしょうか?」


 そう言いながら伸ばされたお菊さんの手の先には、積み重ねられたパイプ椅子の隙間からこちらを覗いている二人の顔がありました。


「みぎゃあーーーーーっ!!」




おわり

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