6 サラの偉業と受難
二十二年前の夏。
サラは、故郷のベロア村仕込みの剣技に聖魔法、その他もろもろを駆使するベテラン冒険者としてギルドマスターの座に就いた。四十四歳にしてランクS。現役だった。
突然の指名には理由があった。
当時、ベアトリクス王国は凶暴化した魔物たちに攻められ、辺境都市ノルヴァを最前線に甚大な被害を受けていた。アルゼリュートも興奮ぎみに話していた、『第二次ノルヴァ戦役』だ。
サラの先代は、いわゆる平時における長だった。領主から共闘要請を受けても陣頭指揮はからっきし。引退してずいぶん経つ高齢者であり、自身の最終ランクも辛うじてA。運営能力そのものを買われたタイプである。
狸気質の好々爺から泣きつかれ、別件で隣国から帰ったばかりのサラは二つ返事で引き受けた。
ひとつはギルドマスターになること。
ひとつは、その権限を最大限に生かして登録冒険者たちをまとめあげ、官民一体となって国難を退けること。
が、当のサラは――――。
◆◇◆
「こらっ!? あんたたち! まだ新人でしょうが! 引っ込んでな!!!!」
地鳴りとともに押し寄せる石巨人の群れに突っ込む若手パーティを見咎め、サラは叫んだ。
あのとき、ノルヴァの外壁はぼろぼろだった。職人たちが昼夜を問わず修理にあたる現場を死守せよとの命令が下っていた。もちろん領主から。
サラは櫓のような急拵えの監督台に立ち、不規則に訪れる魔物たちを効率よく撃退していた。
高ランク冒険者たちを等間隔で外側に配し、中堅どころをバランスよくその補佐に。若手は物資の運搬や職人たちの手伝いに。いざというときの避難誘導を命じていたはずだが……
果敢に石巨人の足もとを掬い、力技で転倒させた駆け出しの盾職少年――ロンは、大声で応えた。
「俺たちはやれる! ランクが何だよ!! いま、動ける奴が動かないほうが問題だろ? ――ガレオ、行けッ!」
「うおぉぉぉ!!」
間髪入れず、最下ランクとは思えぬ大跳躍を見せたガレオが両手剣を逆刃に石巨人の胸元に打ち込む。
起き上がろうともがく巨体の顎先に足蹴をお見舞いし、そのまま距離をとった彼と入れ替わるように少女魔法使いのフィリータが杖を掲げた。高らかに呪を唱える。
「来たれ! 一条雷!!」
閃光が走り、上位魔法使いさながらの精度で一筋の雷が落ちる。それはガレオが突き刺した剣を伝い、隠された核をみごとに撃破。石巨人は瞬く間に四散した。
サラは、思わず舌打ちした。
――――違う。問題はそこじゃない。
丸腰になったガレオと防御力の低いフィリータの前に、しまった、と口を動かしたロンが飛び出した。
この春、冒険者になった祝いにサラが贈った長盾でも防ぎきれない量の岩と石塊を受けるために。
(あの、バカ!)
身に宿る魔力を瞬時に練り上げ、長ったらしい呪文の大半を省略して、サラは両手を前に突き出した。
「護れ!! 光の壁!!!!」
「「「わっ……あ!」」」
天にのぼる幾筋もの白い柱は音もなく連なり、半円を描く。神々しい光のカーテンに阻まれ、石巨人の成れの果ては彼らに届かない。辺り一帯も同様だ。
他の冒険者たちが歓声をあげるなか、サラは『それ』を認めた。
(……影? いったい何の)
青空に、ぽつりと染みのようなモノが浮かんでいた。
魔法を発動する前に近づいたのか、その靄はゆらゆらと揺れてサラを『視て』いた。
目も鼻も口もないのに粘つく視線を感じ、サラはぞくりとする。
広範囲に渡る聖魔法を維持しながらでは、サラ自身の守りは無いに等しい。
その隙を突かれたのだった。
いけない、と思った瞬間、靄は見えなくなった。
◆◇◆
「そこからのサラーシャさんは鬼神もかくやだった。背中の大剣を抜いて台から降りて、『総員、退け!!』だぜ? もう格好いいったら」
「あ〜、やめて。ロン」
その日も順調に森を歩いた夜。
テントを張って野営の準備をしながら、かつて無謀な少年少女だった三名は、こんこんとアルゼリュートに言い聞かせていた。
王子にしても興味津々に聞くものだから、語り手側はいっそう止まらない。三人の連携に、サラは懸命に食い下がる。
「だってね? ちょうど、職人頭が作業を終えたって報告をくれたのよ。チャンスで危機じゃない。私ひとりなら森まで一直線に焼けるし」
「焼く!?」
「焼いたんだよ。このひと。石巨人の残りも全部、地魔法で大穴に落として始末つけて。うじゃうじゃいた雑魚どもは大剣で一掃。そこからひとりで森に向かってな……」
「ああ〜〜、やめて〜〜ガレオ」
熾した火で今朝の竜肉を焼き始めたサラが懇願する。
しかし、サラの正面で火加減を調整をしていたフィリータは容赦なく引き継いだ。
「サラーシャさんの姿は確認できなかったけど、遠目に吹っ飛ぶ大型魔物の連鎖で『あ、そこに居るな』ってわかるの。最終的には本当に火柱が立ったわ。街一つぶんはあったんじゃないかしら」
「おお……」
感嘆の声をあげる赤毛の王子殿下に、じとりと視線を寄越したガレオが引導を渡す。
「だからな、英雄譚は盛られてるわけじゃない。そのまんまだ。わかれば、あんたもサラーシャ……オルタネイルさんを、もっと敬え。べたべた甘えられちゃ困るんだよ」
「!? 敬意は持っているが?」
「いけ好かないっつってんのよ! 黙れ、ぽっと出!」
「ぽっ……!!?」
「はいはい。それくらいにして。焼けたわよ、――ステーキが。黒胡椒でいい? スープはこっちね。各自で取って」
「「「もちろんです」」」
一斉によく躾けられた番犬よろしく膝をつく『竜狩り』に、アルゼリュートは納得のまなざしを向けた。
ぼんやりと呆ける王子に、サラは気さくに木製のカップを渡す。
中身は入っており、わずかに乾燥茸のスライスと粉末ハーブが浮かんだスープが湯気を立てた。
――給仕を受けて当然の育ち方しかしていないアルゼリュートは、こうした扱いの一つ一つが彼らの心情を逆撫でていることに気づかない。
また、曲がりなりにも王族とは面識があり、その一員であるアルゼリュートに最低限の礼儀を尽くすサラにとって、そもそも彼を甘やかしている自覚はなかった。