4 入らずの森の洗礼 ―アルゼリュート視点―
「失礼。潰すってことでいいんですよね? アルゼ……っ、とと」
「いいよ、サラ。その呼び方で。なんなら敬語もいらない」
「そう……ですか? ありがとう」
サラはにこりと笑った。
ぱち、ぱちりと野営の焚き火で枯れ枝がはぜる。
(さて、潰すとは)
アルゼリュートはしばらく熟考し、それが夢の元凶への言葉なのだと思い至った。
◆◇◆
慣れているのか、『竜狩り』のメンバーは同行に際して文句ひとつ言わず、翌日の朝にはしれっと星明かり亭まで迎えに来た。
サラもそのつもりだったらしく、宿は通常通りに営業する旨を従業員に通達していた。
森に入る手前から魔物との戦闘は始まったが、剣術を嗜む王子が前面に出ることなく、ほぼガレオの先制攻撃とフィリータの魔法で終了している。とにかく強い。サラは、旅装で帯剣していたが同じく守られる側だった。
現在同じ火を囲み、同じ食事を摂る『竜狩り』の三名は、黙々とふたりの会話を聞いている。
地面に刺した串には油のしたたる魔牛の肉。しっかりと火を通してハーブと塩、香辛料を振りかけただけだが、これが絶妙に美味い。アルゼリュートは感心したように零した。
「ところで、野営食もちゃんと味にこだわるのが凄いね。さすがAランクパーティだ」
「……串も調味料も器材もオルタネイルさんが用意してくれた。美味くないわけがない」
「こら、ガレオ」
「な、なるほど」
アルゼリュートは、気づいてはいたものの口にすべきではないことに思いを馳せた。
――――なぜか。相当嫌われている。
サラは当たりくじだと言ってくれたが、アルゼリュートは自身をどこまでも外れくじと認識している。
まず、生まれは王族だが非嫡出子。しかも男ばかりの四番目。幼いころからの婚約者には数年前に逃げられ、新たな縁も見つからない。個人としては何かに秀でているわけでもなく、このままではお飾り公爵まっしぐら。
せめて商売でも始められればと父王に願い出ても、いい顔をされない。挙句の果てが今回の夢騒動。
(現実の女性に言い寄られないからと、兄上がたには真剣に憐れまれたものな……)
黄昏れたアルゼリュートは、ひとつ咳払いをしてから隣で串焼肉をかじる少女を眺めた。
彼女の名前はサラ・オルタネイル。
『星明かり亭』の若き女将にして『隠れ星のギルド』のギルドマスター。
夢に出てくる女と造作は似ているが、醸す雰囲気は正反対だ。サラは生命力にあふれ、はきはきとした物言いが好ましい美少女である。つややかな黒髪は宿では結い上げていたが、今は無造作に垂らしている。それがいっそう似合う。
宮廷の美女を見慣れたアルゼリュートから見ても魅力的な容姿と目鼻立ちをしており、……――つまり、腕が立つようには見えない。
そんな彼女から飛び出た“潰す”という単語には、いささか度肝を抜かれたものの。
その感想をぐっと押し込め、つとめて紳士的な笑みを浮かべた。
「ええと、サラ。先ほどの確認だが。例の女に心当たりはあるのだね。もちろん、倒せるようなら倒してほしい」
「良かったわ。私も、生かしておける自信がなくて」
「…………どういう意味?」
「気にしないで、アルゼ」
黒絹のような髪をさらさらと揺らし、頭を振ったサラは優雅ですらあった。
自然な所作で食べ終えた鉄串を布で拭き、持参の筒に入れる。流れるように二本目の串焼肉を取ったサラは、まるで大輪のダリヤかガーベラのように笑った。
「貴方のおかげで、そいつの居所は手に取るようにわかるの。――ね、夢の中で、そいつはどの程度“人型”だった? 角や牙、羽なんかは?」
「え? 見た目は人間そっくりだよ。言葉も問題なく話せていた。本当に森の王かはともかく、あまり知られていない魔物じゃないかと…………あ、でも、昨夜は久しぶりに見なかった。夢避けの魔法をありがとう」
「……そう? どういたしまして」
話すほどに、なぜかサラの笑顔の迫力が増し、冷や汗をかいたアルゼリュートは、とっさに話題を変えた。
じっさい、彼女が宿で披露した神聖魔法はみごとなものだった。本職の神官よりもくっきりと輝く光の輪を喚び、アルゼリュートの額に授けてくれたのだ。
流れとしては、昨年長兄の妃が身ごもったときに神事の一環として見たものと同じだった。“魔除けの飾環”だ。
(きっと、サラは凄腕の神聖魔法使いなのだろう。それで攻撃役を『竜狩り』に。それなら納得だ)
その日、一行はサラの隠遁および結界魔法によって、交代で見張りを立てながら穏やかな夜を過ごした。
――――夜明け前、最後の担当はサラで。
「え……え!?!? 何だこれは。どういう……!」
翌朝。
妙に芳しい香りで目が覚めると、信じられない光景が広がっていた。やや離れた灌木の茂みに翼ある竜種が頭から突っ込み、事切れている。
というか、盛大に燃えている。
(えええ……事故!? 落雷にでも遭ったのか?)
竜の肉といえば高級食材。
ではなくて。
混乱するアルゼリュートは、寝癖のついた赤毛をそのまま、淹れたての紅茶で暖をとるサラに駆け寄った。
「おはようサラ。あの、飛竜は」
「あ、おはようございます。アルゼ。起こしてごめんなさいね。あそこまで大物だと結界が効かないものだから」
「…………効かない、から?」
紅茶を飲んでいないはずのアルゼリュートが、ごくりと喉を上下させる。
サラは手早く王子の分のお茶を淹れて差し出した。旅用の簡易ポットで直接煮出したらしい。
「今、ロンたちに魔石と素材を切り出してもらってるの。ちょっと待ってて」
「あ、あぁ」
アルゼリュートは木のカップを受け取り、呆然と頷いた。