3 金と黒
「まあ、虫除けってだけじゃない。俺の勘というか――験担ぎみたいなもんだな。調査は単独じゃないほうがいい」
冒険者ギルドの三階に着いたとたん、ハリーは後ろも見ずに喋り始めた。
ハリーの後ろにはサラ。そのあとにディエルが続く。
ギルドマスターの執務室兼応接室に入るのは初めてのディエルは、グレイシアでの経験が功を奏して貴族風の調度品の数々にも動じなかった。勧められるまま、サラとともに二人掛けのソファーに腰を下ろす。「読んだほうが早いだろう」と差し出された調査書を受け取り、ふたりで一緒に目を通した。
ずば抜けて速読が得意なサラは、早々にすべてを読み終えた。
「消えたのはゲイル村の陶芸職人ウィル・ターナーと、エリオット・ターナー。空っぽの衣服が残されていたのは制作のための小屋。発見された男児は三歳くらいの外見……『ウィル』を名乗る、と」
「付け加えておくならば、消えたほうのウィルは二十八歳だった」
「そこまで調べたのね。やっぱりあいつを疑ってるの?」
「『黒靄の夢魔』はレアケースだった。だが、ほかにないとも限らん」
「? 待ってください。あの、何の話……?」
「あ」
「おっと、すまん。ちょっと勘繰りすぎちまった」
書類を渡された姿勢のまま、ぽかんとするディエルにハリーが誤魔化す。
サラは視線をローテーブルに落とし、顎先に指を添えた。
(『黒靄の夢魔』があの一体だけじゃなく、今度も同じケースなら。たしかに私じゃないとわからないかもしれない。……あのとき、靄を視認できたのは私だけだった)
便宜上『夢魔』と名付けられたのはつい最近のこと。それだって、この国の王子アルゼリュートの夢に干渉したからだ。
が、実質はそうではない。
夢は手段のひとつでしかなかった。
アルゼリュートに目をつけた個体は、かつてサラの力を奪った。何をどうやってか、『過去の成長に費やした時間』そのものを掠め取ったのだ。
金色だった髪を黒く変えられ、後輩だったハリーに匿われ、情報収集のために創設した『隠れ星のギルド』で、ひっそりと活動を始めるまで。
サラは、つよい魔力や膂力を振るうたびに年齢を吸い取られ続けた。
結果、王子が星明かり亭にやって来たころには十五、六歳まで若返っていたわけで。
――考えなかったわけではない。
もし、生きてきた時間のすべてを奪われたら?
奪われた側はどうなるのか。
サラは渋面になった。
「……とにかく行くわ。そんなに物騒じゃ、ほかの村人たちも心配でしょう」
「すまん。頼む」
「ところでディエルは? さっき、護衛の仕事があると言ってたのに」
「や、俺は大丈夫。ちょうど達成報告に来たとこだったから」
「そうなの」
拍子抜けしたような、感心したような。
あれから着々とソロで活動している若者の、あっけらかんとした笑顔に毒気を抜かれる。
報告はギルマス経由でいいぞとハリーに唆され、ディエルもあれよあれよと言う間に探索メンバーに抜擢された。
肩書きは探索補助。
ディエルは、その場で作成された依頼書が『冒険者ギルド』ではなく『隠れ星のギルド』宛である点と、報酬が桁違いな点に変な声を出していた。
◆◇◆
「〜〜しっかし、まさか、サラさんが噂の裏ギルドのマスターだったなんてね」
ふたりで早めの昼食をギルドホールで済ませ、荷造りのために街へ繰り出す。
往復二日分の人間の食事、馬の食事、それに水。
ほか、甘味や携帯薬。予備のナイフなども見繕った。
『入らずの森』でなくとも魔物は出る。フォアロード辺境伯シリウス直筆の依頼書には、但し書きとして「ゲイル村近辺の魔物討伐」も含まれていたので。
結界用の魔石を道具屋で選別しつつ、サラは、めっ、とディエルを嗜めた。
「こら。あんまり大きな声で言わないの。もとは冒険者登録をしてなかったんだから」
「じっさい、サラさんの本気の強さってどれくらい? ランクBなんて嘘じゃん」
「え………………いや、Bよ?」
「何、その間」
「気にしないで。いまより上に行く気はないわ」
「それも気になる! なんでさー?」
「はい、あなたの護符に使うのはこれ。付与は寝る前にするから会計して来て。はい、お金」
「ううっ。……了解」
ぽん、と、適度に質の良い魔石を渡して強引に会話を切り上げる。
サラは、不承不承の体で会計に向かったディエルにホッと肩を下ろした。
(危ない危ない。べつに、いま言うことじゃないのよね。昔はランクAだった――なんて。秘密はこれ以上広めたくないし)
Aランクの単独、女性冒険者。サラという名前。おそらく、わかる人間はわかるだろう。何しろ王都育ちのアルゼリュートも知っていたくらいだ。
でも、いまのサラはあのころの『サラーシャ』ではない。力も年齢も戻りきっていないし、何より不確かなものがある。それは、髪色に顕著だとサラは思っていた。
「戻らないってことは、理由があるのよね……?」
横に流していた前髪を一房つまみ、はらりと離す。
金と黒がまだらに染める視界に目をすがめた。




