3 王子の依頼
そもそもサラが把握する正確な依頼内容は一点。
“ベアトリクス王国の第四王子アルゼリュート殿下を内密に保護し、王宮まで送り届ける”ということ。
この場合、本来の窓口が表の冒険者ギルドである以上、のこのこと現れた王子の所在は表のギルマスに報告するのが筋かと思われた。
が、肝心の本人には帰る気がさらさらなく、依頼を聞いてもらえるまで梃子でも動かないと言う。
――――結果、サラは折れた。
(仕方ないわね)
王子には食事を摂りがてらカウンター席で待ってもらい、住み込みの女の子たちに片付けを任せたあと、二階の客室へと案内する。
即時通報が不可能なら、身柄と安全の確保という意味あいで『星明かり亭』に泊まってもらうほうが、幾分かマシだった。
心配だからと同行を願い出てくれたガレオたちを伴い、扉を閉める。二人部屋のため、二脚しかない椅子に座って王子と差し向かい。サラは、仕事モードをがらりと変えてアルゼリュートを詰問した。
「――で? 王子様。なぜ、わざわざ城出をしてまで隠れ星のギルドに? 貴方様の捜索願が民間ギルドに出ています。大ごとになるとは思いませんでしたか」
「うむ。怒っているのか?」
「場合によっては怒りますけど」
「! …………ふっ、ふははッ! そうか」
けろりと言い放つサラに、アルゼリュートは目を丸くし、豪快に吹き出した。ふたりの間に挟んだテーブルに片肘をつき、いかにも楽しそうに姿勢を崩す。
「すまない。肝も据わっているし、場馴れしているから受付のお嬢さんだとばかり……。どうやら貴女が総元締めなのだね。失礼した」
「いや、まぁ。わかればいいんです」
一瞬毒気を抜かれ、きょとんと口を開けるサラに、隣に立ったガレオが屈み、「オルタネイルさん、本題」と、肘でつつく。
いっぽう血気盛んなフィリータは前に進み出て、勢いよく机を叩いた。ぎろりと王子を見下ろす。
「王子サマ、うちのギルマスの貴重な時間を潰さないで。さっさと用件言いなさいよ。望みが叶わなきゃ王宮に帰らないんでしょ?」
「なっ」
さすがにアルゼリュートは面食らっていたが、この場で彼を擁護する人物はいない。良心の権化・ロンですら渋面で腕を組む。
多少眉を寄せたものの、アルゼリュートは怒りはしなかった。端正な顔に反省を滲ませ、視線を落として嘆息した。
「そう、だな。申し訳ない。じつは……非常に困っている。ここ一ヶ月ほど、同じ女が夢に出てきて私を誑かすんだ。“入らずの森の王のひとり”だと宣って」
「「「!!?」」」
「えっ、王? 夢で?」
「あぁ」
驚き固まるガレオたち。訊き返すサラ。
苦々しく首肯したアルゼリュートは、ばつが悪そうに女将の少女を見つめた。
「その……偶然だろうが、あいつは貴女に少し似ている。黒髪に琥珀の瞳の美人だ。次の満月までに婿に来なければベアトリクスを滅ぼすと……信じられるか? そんなとき、小耳に挟んだ。凄腕冒険者のみで組織された闇ギルドがあると。助けを求めるなら彼らしかないと」
「――……殿下。“闇”ではなく“裏”です。正式名称を『隠れ星のギルド』と申します。覚えてください」
「わかった。覚えた」
「結構」
几帳面に訂正しておいたが、サラは内心狂喜乱舞していた。この情報こそ。
(来た。来た。これだ――――!)
この兆候をこそ待っていた。
らんらんと目を輝かせるサラに、今度はアルゼリュートが首を傾げた。
「ギルドマスター殿? ひょっとして、心当たりがあるのか。まさか」
「ええそうよ。当たりくじをありがとう殿下。やったわ。恩に着るわ……!」
サラは震えながら、いったんは注意深く抑えた感情の堰が切れたのを知った。
頰を紅潮させ、まるで恋が成就したかのように両手を打ち合わせた少女女将は、ダン! と音高らかに椅子から立ち上がる。
「ガレオ、フィリータ、ロン。明日以降で早急に同行をお願い。隠れ星のギルドマスターである私、『サラ・オルタネイル』の名において、此度のアルゼリュート王子の依頼を全面的に受理。執行します」