2 指名依頼に虫除けを添えて
名目上の養父であるハリーのにらみは、彼が冒険者ギルドの長である点を除いても効果てきめんだな……と、サラは思う。
サラは出て行った客たちの皿を下げ、厨房から豆と芋とハムのサラダを一皿回してもらい、ひとまずの礼とした。
「まだ何にも注文しちゃいないが」
「サービスよ。助かったわ。はい、麦酒でいい?」
「悪いな」
「いえいえ」
卓上に肘をついたハリーの視線の先で、今日は片側にまとめて垂らした黒金のまだら髪をさらりと揺らし、この宿の女将がてきぱきと働く。
そんな養女――であり、本当は伝説級の女冒険者、サラーシャ・ナーガ。
若返りは一般的に人類の夢のようなものだが、彼女の場合はどうなのか。
凛とした眉や琥珀の瞳が印象的な横顔からは、そういった心の機微はいっさい感じ取れない。
ハリーは他の給仕に大ジョッキのお代わりを頼みがてらつまみの肉料理も注文し、カウンターに戻ってきたサラに本題を切り出した。
「繁盛のところ申し訳ねえんだが、依頼を受けてくれるか」
「内容によるわ。ここで話せること?」
「ここで、ねぇ……」
ハリーは肩越しに振り返り、ちらっと食堂内を見渡す。
どのテーブルもほどよく賑わい、騒ぎを起こしそうな輩はいなかった。
むしろ、ここ二日で増えたらしい問題客は消え失せた。
であれば、互いに忙しい義理の親子の会話に水を差す者はいないだろう。
治安のいいこって、と、ハリーは渋みのある笑みを浮かべた。
「言っちまうか。行方不明者の探索依頼だ」
「入らずの森で?」
「いいや、違う。普通に集落。ここから馬で丸一日の場所にゲイルって村がある。陶芸にいい土が採れるってんで、フォアロード辺境伯が最近保護した山沿いの区域でな。腕のいい職人が何人か暮らしてるんだが」
ぴく、と、サラの片眉が跳ねる。
立地や規模はどうあれ、領主お抱え職人が集められたなら、それはそこそこ重要視されるコミュニティということ。話を聞く限り、たんに村人が山で遭難したわけではなさそうだ。
ハリーが追加注文した羊の串焼肉を提供しながら、サラは続きを促した。
「それで? シリウス閣下の依頼なんでしょ」
「省くねえ、途中を……。まぁ、そういうこった。閣下は俺に人選を任せてくださってな。俺なりに調べたんだが、適任はお前さんしかいない」
「なぜ?」
怪訝そうに訊き返すサラに、ハリーは口の端を下げた。
「――おかしな事件だ。行方不明者は二名。両方、服の中身が忽然と消えていた。なのに、ふたりが暮らした小屋には見知らぬ幼児がひとり」
「! それって」
ひゅっと息を呑むサラにハリーが頷く。
「ああ。そいつは、消えた職人の片割れと同じ名を名乗ったらしい」
◆◇◆
星明かり亭の留守を女給長のペネロペに頼み、サラは翌朝いちばんに冒険者ギルドを訪れた。受付窓口へ行き、ハリーに取り次いでもらう前に特定人物に見つかったのは、ある意味予想通り。
「サラさんー! 早いね。また指名依頼?」
「ディエル。元気そうね、あなたも?」
「うん。おかげさまで、受けられる依頼の幅が広がったからさ。この間みたいな護衛の仕事が増えたんだ」
「いいことだわ」
よしよし、と目元を綻ばせて頷くサラに、多人数パーティ『キメラ』で燻っていたころとは別人のようにきりりとしたディエルが、にっこりとする。
「ギルドマスターのとこ行くの? お供するよ」
「え? それはちょっと」
「ま〜たお前か。ディエル・クラークス!」
「ひゃ! ギルマス!? 出た!!」
(……ディエル、心の声が出てるわ)
こちらはきちんと胸のうちに呟きを納めたサラが声の主に向き直る。
階段から、のっしのっしと歩み下りたハリーは、サラだけを三階へ連れて上がろうとしたが、ふとディエルを眺めた。
「クラークス。お前、いくつだ」
「は? きのう、十八になりましたけど」
「そうか。そいつぁおめでとう」
「? あ、ありがとうございます……?」
いわゆる、鳩が豆鉄砲を食らったかのような剣士の青年の顔に、ハリーはにやりと笑った。
「ついて来てもいいぞ。べつに」
「本当っすか!!」
「ハリー! 正気!?」
「おうよ」
どこか晴れ晴れと応える養父――とは名ばかりの、じっさいは気の置けない後輩は、サラとディエルを交互に、意味深に見つめた。
「あいつが想像以上にいい虫除けだったことがわかったからな。ぱっと見の年齢も釣り合うし。まあ、何とかなるだろ」




