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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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9 願いごと


 サラが護衛した隊商の売り荷があらかた(さば)けたのは、到着してから三日後。知らせを受けたのは夕方だった。


 明けた翌日の朝。のぼる陽に照らされて領主館の門に立つ三名を、公爵と娘のパールレティアはわざわざ見送りに来てくれた。


 周囲に大勢の騎士や侍従を引き連れ、同じ銀の巻き毛と紫水晶の瞳を持つ父娘(おやこ)は、この都市の象徴たる雅やかな高貴さに満ちている。――親子喧嘩をしなければ。


「気をつけて帰られよ」

「お名残惜しいですわ、皆様」

「お元気で。公爵閣下。パールレティア様」


 胸に片手を当て、片手はマントを。片足を引いて(こうべ)を垂れる優雅な礼を披露するサラに、お付きの者の誰かが溜め息を漏らした。


 現在、外見年齢二十歳手前のサラは造作が単純にうつくしいが、若さというには言葉が足りない熟達の存在感や、凪いで光る湖面を思わせる静けさがある。


 引率の女冒険者に倣うよう、左右に並んだ魔法使いと剣士も一礼した。


「ご健勝にお過ごしください」

「……御心に添えず、申し訳ありません」

「何。構いませんぞ。もしも困りの際は、いつでも当家を頼ってくだされ」

「いたみいります」


 にこやかに、はにかむように微笑むディエルは、温かな茶色の髪色と相まって、とても可愛らしい。

 なんだかんだと彼を気に入ったらしいセザルク公爵とは逆に、パールレティアの関心は深緑のローブをまとった眼鏡の魔法使いにのみ寄せられた。


「アルゼ様。今度はいつお会いできます?」

「お戯れを」

「じゃあ、会いに行こうかしら」

「勘弁してください」


 にべもなく断る謎めいた客人の正体が第三王子アルゼリュートであることは、残念ながら令嬢の側付き全員に知れ渡っている。

 「出自の知れない冒険者に入れ上げるとは、はしたない」と叱られた際に彼女が反論したのがきっかけなのだが――それはまた別の話。


 よって、生ぬるく見守る視線が多数のなか、パールレティアは上機嫌でちいさく手を振った。


 三名は公爵家が用意してくれた馬車に乗り込み、都の大門をめざす。

 合流した隊商は、新たに仕入れた品をいっぱいに積んだ幌馬車を五つ。サラたちのための空き馬車をひとつ用意し、準備万端で待っていた。




   ◆◇◆




「いいところだったね」

「ええ」

「そう言うなら、あちらで宮仕えしても良かったんじゃないか?」

「やだね。もしそんなことになったら、あのお嬢さんをアルゼさんのところに案内してやるよ」

「言うようになったな……」


 ポクポクと蹄の音と車輪の廻る音がかさなり、隊商は長閑な丘陵地帯を進む。

 行きよりもクラスアップした装備で護衛するサラの乗馬姿は麗々しく、それはそれで野盗を引き寄せてしまい、いとも簡単に撃破した。つい先ほどのことだ。


 馬車の窓布を巻き上げた四角い枠に収まる青年ふたりを、サラはクスクスと笑って見つめる。

 けっこうな数の野盗だったが、土塊一片浴びてはいない。発見も早ければ迎撃も広範囲、かつ迅速に。死なない程度の雷の雨(サンダーレイン)をお見舞いしたからだ。


 いまごろ、鳥文魔法(レターバード)の伝言を受けた兵が派遣され、彼らは失神している間にお縄につくだろう。ご愁傷様である。


 ――と、そこでディエルがサラに話しかけた。


「サラさん! 俺、がんばったと思いませんか」

「うーん? そうね」

「じゃあ聞いてよ、願いごと」

「!? ま、待て。何を約束したんだ、サラ」


 とたんに慌てふためくアルゼリュートに、サラができるだけ正確に旅の初日の記憶をさらう。

 説明を受けた王子は、うっかり着けたままだった変装用の眼鏡を外し、青く澄んだ瞳でディエルに凄んだ。


「ディエル。言ってみろ」

「えっ、ちょ、何。なんで怒るんすか」

「いいから」


「……」


 ガタゴトと揺れる馬車のなか、鼻がくっつくほど近づくとは仲が良いことだ……と眺めるサラに、ディエルが若干緊張の面持ちで切り出す。


「サラさん。俺――しばらく単独(ソロ)でやるから、Bランクになったらパーティ組んでください」

「え」

「!!」

「ふたりで」

「「!!!!?!?」」


 絶句したのはサラとアルゼリュート双方だったが、感情の流れは違った。

 後者の王子は驚きから純粋な心配へ。

 前者のサラは、まっさらな白へ。


 仕方がない。

 だって――サラは、黒靄の魔物に年月を奪われる前はずっとソロだったし、いまの境遇になってからは、主に“竜狩り”に同行を依頼していた。

 サラの正確な経歴を知らないからこそできた大願だと知れる。だからこそ。


「ううううーん」

「だめかな」

「いえ、約束……したし」

「サラ。はっきり断るのも優しさだ」

「なんでアルゼさんが!?」

「お前の近い将来が心配だから」

「出た。小姑」

「笑止千万。私など足元にも及ばない歴年の猛者小姑がいるんだよ。複数な……」

「?? ふくすう? 何それ。サラさんの信奉者(ファン)?」

「間違いではない」

「ま、まあ。落ち着いて、ふたりとも」


 やがて強引にショックから立ち直ったサラが、むしろ自分に冷静になれと内心で諭す。

 そう、単身でBランクに上がるのは簡単なことではない。短くない年月がかかるだろう。

 その間に自分とのパーティなど必要なくなるかもしれないのだ……


 すぅ、と深呼吸をして覚悟を決める。


 空を仰ぐ。


 ――いいよ、と告げるまで、少々の間を要した。




これにて3章を終わります。

お読みくださり、ありがとうございます!


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