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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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8 ひとりぼっち、じゃない


 その夜、与えられた客室のバルコニーから景勝と名高い月のグレイシア湖を眺めていると、控え目にノックの音がした。

 サラは振り返り、風になびく髪を押さえながら開けようともせず答える。


「どうぞ。鍵はかかってないわ」

「不用心にもほどがないか」


 呆れたようにぼやき、カチャ、と扉を押しひらいたのは長身の王子。お互いに就寝準備を終えており、変装ではない。なので、弱い室内灯でも月光に映えて青い瞳が際立つ。

 アルゼリュートは部屋を横切り、バルコニーへとやって来た。サラの隣で同じように手すりに肘を置く。


「怒っている?」

「何を?」

「私が、あわよくば彼がここで職を得るといいと思ったことを」

「そうね。あんまり褒められたことじゃなかったわ。おかげでいたずらに混乱させた」

「……理由は聞かないの?」

「聞かないわ。だって、過程はどうあれ、あの子はブレなかったんだもの」

「結果論だなぁ」

「ふふっ、差し迫った岐路でなければ、選択は常に本人がすればいいと思ってるのよ、アルゼ――あなたも」

「私も?」


 ぱち、と瞬く赤毛の王子にサラが笑いかける。


「いつまでも星明かり亭(うち)にいられると思ってるわけじゃないでしょう。いつ帰る?」

「それを、いま聞くか」

「いつかは答えてもらえると信じてるんだけど。違う?」

「……違わないな」


 くしゃ、と前髪をかき混ぜながら、アルゼリュートは湖へと目を凝らした。


 ほぼ真円に近いかたちの月影が小刻みな波で揺れている。夜更けにロマンチックな環境でふたりきり。ちょっと寒い以外は絶好の告白の機会だ。


 ……――と、思った瞬間(とき)が自分にもありました。(※遠い目)


 いくら王統から遠い末王子とはいえ、自身に流れる血のありがた迷惑さは心得ている。どんなに焦がれても、奇跡的に想いが通じたとしても、彼女を妃に迎えるのは叶わないだろう。


 が、諦めきれないのが人の情だと思っていた。

 いまも。


「サラは、年下は嫌いじゃないだろう」

「……そうね?」

「相手の身分で距離を隔てることもないし、(へりくだ)ることもない。見込みがあればどんどん育てるタイプだ」

「もちろんよ。あらゆる場面で礼儀は必要だけど、実力がすべてだもの」

「じゃあディエルは?」

「いい子よね。強くなるし、ちゃんと育てたいわ」

「よし、わかった」

「??? アルゼ?」


 突然吹っ切れたように頬を緩ませ、こちらを向いてにっこりと白い歯を見せた王子にサラが目を丸くする。


「そういうことなら帰りの講習も怠らない。私から、ちゃんとした知識を授ける」

「ありがとう! アル……ん?」

「月見もほどほどに。おやすみ、サラ」


 アルゼリュートは、袖を通さずに羽織っていたガウンをサラの肩に掛けて(きびす)を返した。

 めずらしく、ぽかんとしている彼女の金色の瞳のほうがよほど月のようだ。

 そんな甘ったるいことは、到底言えないけれど。


 春になったら一旦王城へ帰る。

 そうおだやかに言い置いて部屋を出た、すらりとした背をサラは見送った。




   ◆◇◆




(あったかい)


 直前まで王子が着ていたのだから、温もりがあるのは当たり前にしても落ち着かなかった。いや、落ち着くのにそわそわする。


 両肘を手すりについて眺める月はさっきまでと同じなのに、妙にやさしい。

 アルゼリュートの好意には気がついている。

 だが、彼をそういう対象にみるつもりはなかった。

 だって、ベアトリクス王国の王子なのだ。護るべき対象の。


「王族は我が国の、守りの要だものね」


 もう半世紀以上は経ってしまった。生まれて最初の記憶を思い起こす。

 はるか北の、名もない村。サラはそこで産声をあげた。

 母は優れた女剣士にして剛腕の持ち主。父は癒しに特化した神聖魔法の使い手。安産なうえ、母子ともに健康。「サラーシャ」と名づけられたサラは、両親や近所に住むおじさん、おばさんたちの熱血な指導や薫陶を得て、すくすくと育った。

 具体的には、八歳で村の近くに出没した大角猪(ホーン・ボア)を魔法剣で仕留めるほど。


 そこまで至ったとき、両親にまじめな顔で告げられた。人間たちの住まう領域の西の端に昔からある“入らずの森”と、隣接するここ――ベアトリクス王国の関係を。



『覚えておきなさい、人間たちに王がいるように、魔物にも王がいる。かつて大地が割れるほど争いあった魔物の一族を大陸の端まで退け、強固な結界で閉じ込めた聖女がいるの。名をベアトリクス』

『ベアトリクス?』

『この国の名前よ』


 きょとん、と尋ねたサラは、このときまだ国の名を知らなかった。その日からサラは、世界の真実の成り立ちや地理を習った。神殿で教師をしていたこともある父は非常に教え方がうまかった。


 だから、いまのサラがあるのは当然のこと。護らねばならないからだ。封印の要でもある聖女の血筋――ベアトリクス王家の人びとを。



 昔、聖女を守った一族の末裔だから。



 いま、この国で一族はひとりきり。サラしかいない。


「……次代は……血じゃなくて。一族の意志を引き継いでくれるひとがたくさんいれば。きっと、そのほうがいいもの」


 生まれ故郷の方角を見遣り、それから視線を戻す。

 ぶかぶかだが縫製と生地がいいガウンを胸の前で合わせ、就寝のために寝台へと向かった。




注:

サラの故郷は1章5話で「ベロア村」とわかっているのですが、村の名は、サラが冒険者として有名になったころに名無しの村があると判明し、しかもそれがかつての英雄たちの隠れ里とわかって急きょ付けられました。

(蛇足)


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そういうことだったのか( ˘ω˘ )
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