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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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7 いくつもの選択肢


「騎士って、どういうこと? お父様」


 まっさきに反応したパールレティアに、父公爵のラズライトが自身の生え際の髪を無で上げながら答える。


「言葉通りだが……? ディエル殿はお前の命の恩人。たんなる報奨で足るとは思えぬ。聞けば冬の入らずの森で、単身、サラ殿の助けが来るまで持ち堪えられたそうじゃないか。並の腕と胆力で務まるものではあるまい」

「そっ、それは……感謝していますが」

「考えてもみよ。冒険者としての契約で()()なのだ。忠義を我が家に向けてもらえるなら、必ずお前のやんちゃも諌めてくれよう」

「言葉が過ぎますわ」

「お前の行いに問題があるというに」


 セザルク公爵はほとほと困った、と額を押さえて溜め息をついた。それからディエルを見る。


「どうであろう? ディエル殿。もしよければ、考えてはもらえぬであろうか」

「! 俺――いえ、私は」


 ディエルは背筋をこれでもかと伸ばして公爵に向き合った。

 考えもしなかったことだ。予測もしなかった事態に戸惑い、手のひらが汗ばむ。破格の好待遇を提示されていると理解しつつ、頭はまったく働かなかった。

 ちらりとパールレティアを見遣り、隣のサラにも救いを求めて視線を流す。


 サラは動じず、ゆったりとした仕草で公爵ラズライトに礼をした。


「閣下。ディエルに代わって発言をお許しください」

「うむ」

「じつは、彼はノルヴァのシリウス様からもお声がかかっております。辺境伯軍に入らないか、と」

「何! まことかね」

「はい」


 サラは伏せていた顔を上げて、さりげなくアルゼリュートを睨んだ。――グレイシアへの連絡は、すべて彼任せだったので。

 魔法使いに扮した王子は、ふいっとそっぽを向いた。

 そう言えば、と、パールレティアも思案顔でこぼす。


「フォアロード卿は、たしかにそのように仰っていました。ディエル……様が望むなら、と。わたくし、卿と騎士を取り合うのなんて御免ですわ。それに、ディエル様には冒険者に復帰するという選択肢もあるはず」

「お前の場合は、たんに目付役が増えるのが嫌なのであろう」


(((あああ〜〜)))


 セザルク公爵ラズライトの核心を突いた物言いに、サラとアルゼリュートとディエルの三名はおおいに納得する。

 パールレティアはけろりと居直り、小首を傾げてコケティッシュに微笑んだ。


「お目付け役と仰るのなら。わたくし、アルゼリュート王子の妻になれるのなら、どれだけだってお淑やかになれますわ」

「――っ、ゴフッ! けほっ、ごほっ」


 銀髪の美姫に流し目を送られ、アルゼリュートは飲んでいたハーブティーを盛大に()せた。

 それを、にこにことパールレティアが眺める。


「まぁ大変。どうなさいまして? 魔法使いのかた」

「……失礼いたしました。ご令嬢」


 アルゼリュートは、気まずげに謝罪した。

 変装の程度は、自分では()()()と思っていた。魔道具の眼鏡で瞳の色を変え、前髪を上げて額を出している。装束は小綺麗だがミステリアスな魔法使いのローブ。

 事実、謁見の間では叔父のラズライト以外は騙せたと思っていたのに。


 場の温度がおかしな方向に暖まってきたことを感じ、さらりと公爵に提案する。


「閣下。ディエルにも考える時間が必要かと」

「であるな……」


 こうして昼食会はおひらきになった。




   ◆◇◆




 侍従に賓客用の棟に案内され、三名は共同スペースにあたる居間で思い思いに息を吐く。客棟の構造もひととおり説明を受けたが、二階部分は書架や遊興設備をそろえた娯楽室。一階に浴室をそなえた客室が三間あり、設備はこのうえなく整っていた。


 上質なソファーに深く身を預け、ぐたりと脱力したディエルは(ほう)けたように呟く。


「俺、聞いてなかったんだけど」


 でしょうね、とサラが頷いた。


「公爵は、本当にディエルにお礼を伝えたいだけかと思っていたの。ごめんなさい。シリウス閣下の打診は、ノルヴァに帰ってから伝えるつもりだったわ」

「だから、あんなにしごいたんすね」

「ええ。冒険者を続けるにせよ、閣下の元で働くにせよ、必要なことを教えたつもりよ。あなたほどの腕があれば、貴族絡みの指名依頼はいずれ来ると思ったから」

「サラさん……」

「勘違いするなよ、ディエル。これはサラの懐の大盤振る舞いだ」

「アルゼさん〜! せっかくいいところなのに。小姑かよ!?」

「まあまあ」


 両者をどうどう、と宥めすかし、サラがディエルを見つめた。


「それで? どうする?」

「どうもこうも……俺の気持ちは変わらない。冒険者一択だよ」

「なぜ? ノルヴァにせよ、グレイシアにせよ、勤め先としてはとてもいいと思うわ。気を抜けないのは同じにしても」


(……)


 本気でそう思っているらしい表情と声音に、ディエルはしみじみと感じ入りながら姿勢を正した。

 昼食会以上に何かを試されている気がしたからだ。ぴりりとした緊張が伝わる。


「サラさん、あんただって。なんで宿の経営しながら冒険者してんのさ。それだけ腕と器量と人脈があれば、何だってできそうなのに。好きだからじゃねえの? どっちも」

「あら」


 サラが、ぱあっと顔を明るくする。それはうれしそうでもあり――自分自身でも殊更驚いているような。


 なるほど、と呟いて立ち上がった彼女は白銀のドレスアーマーで、辣腕の冒険者でありながら、そこはかとなく宿屋の女将らしい気さくさで笑った。




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