7 いくつもの選択肢
「騎士って、どういうこと? お父様」
まっさきに反応したパールレティアに、父公爵のラズライトが自身の生え際の髪を無で上げながら答える。
「言葉通りだが……? ディエル殿はお前の命の恩人。たんなる報奨で足るとは思えぬ。聞けば冬の入らずの森で、単身、サラ殿の助けが来るまで持ち堪えられたそうじゃないか。並の腕と胆力で務まるものではあるまい」
「そっ、それは……感謝していますが」
「考えてもみよ。冒険者としての契約でそれなのだ。忠義を我が家に向けてもらえるなら、必ずお前のやんちゃも諌めてくれよう」
「言葉が過ぎますわ」
「お前の行いに問題があるというに」
セザルク公爵はほとほと困った、と額を押さえて溜め息をついた。それからディエルを見る。
「どうであろう? ディエル殿。もしよければ、考えてはもらえぬであろうか」
「! 俺――いえ、私は」
ディエルは背筋をこれでもかと伸ばして公爵に向き合った。
考えもしなかったことだ。予測もしなかった事態に戸惑い、手のひらが汗ばむ。破格の好待遇を提示されていると理解しつつ、頭はまったく働かなかった。
ちらりとパールレティアを見遣り、隣のサラにも救いを求めて視線を流す。
サラは動じず、ゆったりとした仕草で公爵ラズライトに礼をした。
「閣下。ディエルに代わって発言をお許しください」
「うむ」
「じつは、彼はノルヴァのシリウス様からもお声がかかっております。辺境伯軍に入らないか、と」
「何! まことかね」
「はい」
サラは伏せていた顔を上げて、さりげなくアルゼリュートを睨んだ。――グレイシアへの連絡は、すべて彼任せだったので。
魔法使いに扮した王子は、ふいっとそっぽを向いた。
そう言えば、と、パールレティアも思案顔でこぼす。
「フォアロード卿は、たしかにそのように仰っていました。ディエル……様が望むなら、と。わたくし、卿と騎士を取り合うのなんて御免ですわ。それに、ディエル様には冒険者に復帰するという選択肢もあるはず」
「お前の場合は、たんに目付役が増えるのが嫌なのであろう」
(((あああ〜〜)))
セザルク公爵ラズライトの核心を突いた物言いに、サラとアルゼリュートとディエルの三名はおおいに納得する。
パールレティアはけろりと居直り、小首を傾げてコケティッシュに微笑んだ。
「お目付け役と仰るのなら。わたくし、アルゼリュート王子の妻になれるのなら、どれだけだってお淑やかになれますわ」
「――っ、ゴフッ! けほっ、ごほっ」
銀髪の美姫に流し目を送られ、アルゼリュートは飲んでいたハーブティーを盛大に噎せた。
それを、にこにことパールレティアが眺める。
「まぁ大変。どうなさいまして? 魔法使いのかた」
「……失礼いたしました。ご令嬢」
アルゼリュートは、気まずげに謝罪した。
変装の程度は、自分ではいけると思っていた。魔道具の眼鏡で瞳の色を変え、前髪を上げて額を出している。装束は小綺麗だがミステリアスな魔法使いのローブ。
事実、謁見の間では叔父のラズライト以外は騙せたと思っていたのに。
場の温度がおかしな方向に暖まってきたことを感じ、さらりと公爵に提案する。
「閣下。ディエルにも考える時間が必要かと」
「であるな……」
こうして昼食会はおひらきになった。
◆◇◆
侍従に賓客用の棟に案内され、三名は共同スペースにあたる居間で思い思いに息を吐く。客棟の構造もひととおり説明を受けたが、二階部分は書架や遊興設備をそろえた娯楽室。一階に浴室をそなえた客室が三間あり、設備はこのうえなく整っていた。
上質なソファーに深く身を預け、ぐたりと脱力したディエルは呆けたように呟く。
「俺、聞いてなかったんだけど」
でしょうね、とサラが頷いた。
「公爵は、本当にディエルにお礼を伝えたいだけかと思っていたの。ごめんなさい。シリウス閣下の打診は、ノルヴァに帰ってから伝えるつもりだったわ」
「だから、あんなにしごいたんすね」
「ええ。冒険者を続けるにせよ、閣下の元で働くにせよ、必要なことを教えたつもりよ。あなたほどの腕があれば、貴族絡みの指名依頼はいずれ来ると思ったから」
「サラさん……」
「勘違いするなよ、ディエル。これはサラの懐の大盤振る舞いだ」
「アルゼさん〜! せっかくいいところなのに。小姑かよ!?」
「まあまあ」
両者をどうどう、と宥めすかし、サラがディエルを見つめた。
「それで? どうする?」
「どうもこうも……俺の気持ちは変わらない。冒険者一択だよ」
「なぜ? ノルヴァにせよ、グレイシアにせよ、勤め先としてはとてもいいと思うわ。気を抜けないのは同じにしても」
(……)
本気でそう思っているらしい表情と声音に、ディエルはしみじみと感じ入りながら姿勢を正した。
昼食会以上に何かを試されている気がしたからだ。ぴりりとした緊張が伝わる。
「サラさん、あんただって。なんで宿の経営しながら冒険者してんのさ。それだけ腕と器量と人脈があれば、何だってできそうなのに。好きだからじゃねえの? どっちも」
「あら」
サラが、ぱあっと顔を明るくする。それはうれしそうでもあり――自分自身でも殊更驚いているような。
なるほど、と呟いて立ち上がった彼女は白銀のドレスアーマーで、辣腕の冒険者でありながら、そこはかとなく宿屋の女将らしい気さくさで笑った。




