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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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5 姫君と冒険者


 古都グレイシア。

 それは、かつては首都としても機能した。

 貴婦人と(たと)えられる水辺の美観をたたえ、『湖の都』とも言い慣わされる――ベアトリクス王国の真珠。

 現在は王弟セザルク公爵が治める、風光明媚な観光都市である。




   ◆◇◆




 ノルヴァを発って一週間後。商隊はぶじにグレイシアに到着した。心配された魔物や野盗の襲撃はなかった。

 これから商人たちは荷を売り捌くため、少々の日数がかかる。

 そのため、サラは雇い主にグレイシアの領主館にいるとだけ伝え、三名のみで入都手続きを終えた。

 帰路はふたたび護衛任務に就かねばならない。束の間の待機期間である。


 ――実質は家出青年ふたりを引き連れた、引率者としての公爵家訪問だが。


「さて、行ましょうか」

「えっ。もう公爵様のところに?」

「そうよ。でも、ちょっと身なりを整えてからのほうがいいかしら。――アルゼ、鳥文魔法(レターバード)を送るわ。声をお願い」

「承知した」


 三人の中ではいちばん背が高いアルゼリュートが頷く。

 彼に向けて差し出されたサラの手のひらに魔力が集まり、ふわりとした光が浮かんだ。

 アルゼリュートがいくつかの要件を話すと、光は金色の小鳥になる。

 魔法の小鳥は光の軌跡を描いて青空へと飛び立った。領主館が建つのだろう、雅やかな鐘楼の向こうへと。

 目元に片手で(ひさし)を作ってそれを見送ったディエルは、ピュウと口笛を吹いた。


「はっっやいね」

「そう? みんなあんなものじゃないかしら」


 サラは肩をすくめ、きょろりと辺りを見回す。それから行き先を定めた。主だった商業施設が密集するメインロードだ。

 青いタイルが敷き詰められた歩行者通りは等間隔にに魔法灯柱が立ち、すれ違う人びとの身なりや動作も洗練されている。武骨な賑わいのノルヴァとは趣が違う。

 ほっそりとした街路樹の下には白いベンチにお洒落なオープンカフェ。敷石の隙間から生えた柔らかそうな草に至るまで、それらはどれも景観の一部と化しており、絵になった。


 数分後。

 めぼしい服飾店に入った三名はサラと目利きの店員たちの手により、ほとんどの装備を新調させた。




   ◆◇◆




「え? 謁見の間に? わたしも?」


 グレイシアの姫君、パールレティアは突然の呼び出しに首を傾げた。部屋までやって来た父の従者に胡乱な視線を投げかける。


「どういう風の吹きまわし? 『春まで蟄居(ちっきょ)せよ。淑女教育の教師しか会わせん』だなんて、容赦なく部屋に閉じ込めたくせに」


 不貞腐れたように窓辺の椅子に座り、紫の瞳を流してじろりと睨む。そうであっても銀糸の巻き毛の令嬢の愛らしさは揺るぎない。


 公爵づきになって長い従者は慣れた様子で一礼した。

 

「お嬢様におかれましては、相変わらず反省の色はないようにお見受けいたしますが。なにぶん想定外(イレギュラー)というものがございます。公爵閣下も驚いておいででした。『早いな』と」

「……不肖の娘を同席させるほどの?」

「ご理解が早くて結構でございます」

「今すぐ?」

「ただちにと仰せでございました」

「はあ……。わかったわ」


 しっしっ、と追い払うように従者を退室させ、控えの侍女を呼ぶ。


 ――至尊の位に近い父が、わざわざ(わたし)を会わせたい相手。よほどの賓客だ。

 にもかかわらず、凝った身支度は不要という。意図がわからない。


 結局、解きおろしただけの髪を左右の高い位置に結わせ、今着ている薄桃色のドレスと同色のリボンを垂らした。涙型の真珠のイヤリングを着け、紅を軽く付け直させる。最低限の装いだ。


「イヤだわ。まさか、新しいお婿さん候補かしら」

「ふふ、どうでしょう。行ってらっしゃいませ」


 にこにこ顔の侍女に送り出されると、ここしばらくは通せんぼしかしなかった意地悪な衛兵たちがまったく反応しない。

 つん、と顎をそびやかしたパールレティアは淀みなく階下へ。扉を開けさせ、謁見の間へと足を踏み入れる。

 そこには。





(え……殿下!! そっ、それに?)




 壇上の椅子には予想通り、父のラズライトが掛けている。

 一段下で片膝をつくのは女性がひとり。男性がふたり。片方は変装したアルゼリュートだ。

 彼を見誤ることはない。どんなに上級冒険者っぽい身なりで誤魔化そうと、顔を伏せようと一目でわかる。

 来ていたのか、と思うと込み上がる喜びに、どうして事前に教えてくれなかったのか、という恨めしい気持ちが混ざり合う。

 複雑な顔つきになったパールレティアは、ひとまず神妙にカーテシーを披露して口上を述べた。


「父上。お呼びとお伺い参りました」

「うむ。ここへ」

「はい」

「お客人がた。そなたたちも顔を上げなさい」

「――は」


(!)


 父の横に立ち、彼らの正面に回ると、残りのふたりの正体もわかった。 

 さらりとフードからこぼれた黒金の髪が揺れる。白磁の肌に明るい琥珀の瞳。真ん中の女性はサラだ。勇ましくも品のある、女騎士のようなドレスメイルに白いマントがよく似合う。


 向かって右は、やはりアルゼリュート。魔法使いのローブをまとい、付属の頭巾で赤毛をほとんど隠している。眼鏡で瞳の色を灰色に見せているが、何かの魔道具だろう。


 そして、向かって左は……たぶん。


 公爵はうれしそうに銀の顎髭をしごいた。


「ノルヴァの冒険者ギルドマスター名代、サラ・オルタネイル殿。()()()魔法使いアルゼ・リー殿。それに、娘の窮地を救ってくれたディエル・クラークス殿。此度は急な招きに応じてくれて感謝する。ぜひ、時間の許す限り当家で寛いでほしい」





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