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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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4 鬼神もかくや


 暮れなずむ夕陽。なだらかな稜線の影がじょじょに濃く、長くなってゆく。春が近いとは言え、気温はぐっと下がってくる。


 辺境都市ノルヴァから東へと伸びる商隊大路(キャラバンロード)には、ところどころ野営に適した水辺がある。

 近辺には大所帯の商隊が泊まれる町はない。ゆえに幌馬車を停めた人びとはてきぱきと動く。


 手分けして水を汲み、石で即席の(かまど)を造り、馬に飼い葉を与える。必要なぶんのテントを張る――旅路をともにするとこになった、ノルヴァの商人連合の一団だ。護衛対象である彼に混じり、忙しく立ち働くサラの姿も見える。


 川辺からやや離れた林の入り口。

 手ごろな岩に腰かけたディエルは盛大な溜め息をついた。正面にはすらりとした赤毛の青年が佇む。


「どうしてこうなった……」

「何だ。まだぼやいているのか。いい加減、受け入れればいいのに」

「王子さん、あんただって夢見てたんじゃないの? 『サラさんと旅行だー!』って」

「私が?」


 ふっと頬を緩めたアルゼリュートは、優雅な所作で両手を腰に当てた。そうすると、至尊に近い身分なだけあって、かなり迫力がある。本人も無意識のものだろう。

 王子は薪拾いもそこそこにうなだれる剣士の青年を(あわ)れむように見下ろした。


「彼女は、そんな通り一遍の常識や期待が通用する女性(ひと)じゃない。学習済みだ。あと、私を『王子』と呼ばないように」


 流し目で念押しした赤毛の青年が、今度は意地悪な笑みを浮かべる。


「ご希望なら『先生』と呼んでくれて構わないが」

「え……いやです。(しゃく)なんで」

「結構。じゃあ戻ろうか。夕食のあとは就寝までサラと一緒だろう? 羨ましいね」

「〜〜ッ、なんか! 思ったのと違うんすけど!?」

「あはは」

「くそう、腹立つ」

「まぁまぁ。それだけ元気があるなら耐えられるだろう。彼女だって鬼じゃない。行くぞ」


 ぽんぽんとディエルの肩を叩き、アルゼリュートは踵を返す。その背を目で追い、ディエルもよいしょと腰を上げた。足元に集めておいた枯れ枝を忘れず小脇に抱えて。


 先ほど、笑顔のサラに命ぜられたのだ。今夜の(たきぎ)の足しを拾ってきて、と。


 林を出ると残光が目を射てまぶしい。

 幌馬車のあたりには、もう料理の煙がもくもくと立ちのぼっていた。




   ◆◇◆




 色恋云々より、サラは命の恩人である。

 それはアルゼリュートとディエルの双方に通じており、慕わしさはもちろんある。隙あらば恩も返したい。元より、彼女の決断には従うほかないのだ。


 あの日もたらされた『一緒に行きましょう』は、たしかに魅惑的だったが、『講師』という単語に早々にときめきを()じ伏せた。

 やさしく明るく朗らかで強い彼女は、ときどき誰に対しても大天使じみた世話焼きを発動する。

 

 ――それは、べつにいい。

 彼女の美点なので。


 新たに星明かり亭で身柄を引き受けた冒険者(ディエル)が、復帰の足がかりに新人研修を受けるのは知っていた。

 そこに自分が関与することはない、とも。


 が、状況は変則的だった。


 パールレティアを助けた縁で、彼はセザルク公爵から招かれている。いくら運や実力があろうと、剣の才ばかりに長けて世間知らずなディエルには、少々荷が重い案件だ。

 公爵の招聘をサラに伝えあぐねていたのは、できれば王子としてグレイシアに行きたくなかったから。

 と、同時にディエルを案じたせいもある。


 正確には、若く経験不足なディエルを連れて、叔父の前でサラが恥をかかないだろうかと――


 それは正鵠を得ていた。嫌な予感とともに。




 今朝、商人連合とノルヴァの大門で待ち合わせたとき、挨拶を済ませたサラは颯爽と馬上のひととなった。割り当てられた幌馬車にふたりを押し込め、すっかり護衛任務に就いたのだ。


 (いわ)く、ディエルに貴族のマナーと最低限の知識を授けてほしいと。


 結果、馬車のなかでは敬語の使い方や諸侯のおおまかな関係性を。宿に入ればテーブルマナーと立ち居振る舞いの講習をすることになった。

 片道一週間でそれらを叩き込むのは至難の業だ。提示された報酬が金貨二枚なのも頷ける。


 サラからは『ノルヴァで中古の邸を買えるわよ』と唆されたが、もちろん考えてもいない。

 当面は星明かり亭の住み込みで充分だと伝えると、困り眉で微笑んでいたが……


(まぁ、筋は悪くない。器用なんだな、根が)



 夕食を終え、皆が寝付くまでの時間にサラが剣をとる。向かい合う、焚き火に照らされたディエルの表情にはいっさいの余裕もない。刃を潰した剣の打ち合いではそうもなるだろう。互いに革鎧しか身に着けていないのだから。


「待って!? サラさん! 俺っ、女の子に剣は……ああ!!」

「無駄口禁止。貴人警護で女暗殺者が来たらどうするの? はい、やり直し。拾ってきて」

「……ああぁ……」


 容赦なく、適度にダメージを軽減されながら剣を打ち込まれ、効率よく弱体化されたディエルの手から面白いほど剣が飛ぶ。

 今回の旅が新人研修を兼ねる旨は依頼主に通達済みのようで、荒事に慣れたノルヴァ商人たちからは遠巻きに観戦されるほどだった。

 そのひとりと化しながら、アルゼリュートはほんのりと苦笑する。


 彼女は鬼ではないと、夕方に言ったけれど。


「いや〜、凄いねぇ。サラさんといったか。若くて美人なのに、鬼神もかくやだ」

「そうですねえ」


 しれっと答えつつ、そういえば“竜狩り”の面々も彼女をそう表現していたな……と、思い出したのだった。





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