3 一石○鳥
「いいんじゃないかね? 長旅くらい。もう完治しとる」
「まあ! ありがとう。モーラス先生」
◆◇◆
翌日。
定められたリハビリを越え、とうとう朝の自主鍛錬まで再開したディエルを引き連れ、サラは冒険者ギルドにやってきた。
提携医師のモーラスは近所の開業医で、常駐しているわけではない。
が、五日に一度はこうしてギルド内に臨時診療所をひらいてくれる。
よほどの怪我人が出たときなどは、迎えに行けば往診に来てくれるありがたい存在であり、冒険者たちは自発的に応急処置の方法などを学んだり。親しみをもって「先生」と呼んでいる。
腕がたしかな白髪の老人は、やや猫背ではあるが、老いとは無縁に矍鑠としており、手際よく経過観察を終えた。
包帯を外され、気分が良くなったらしいディエルはご機嫌で服を着直した。診察に付き添っていたサラを見上げ、うきうきと問う。
「長旅? それ、どれくらい?」
「えーと、湖の都グレイシアはここから北東、馬車で一週間ってとこかしら。行ったことは?」
「ないなぁ。俺、大きな街はノルヴァしか知らないから」
「そう……」
ううん、とサラは熟考する。
昨夜、アルゼリュートから聞き出した限り、セザルク公爵は善意のひとだった。
いささか一人娘が放埒に過ぎるが、そこはのびのびと育てられたからとしよう。
サラ自身は家庭を持つことを諦めた(※冒険者稼業が充実しすぎた)女だが、親としての情はわかるつもりだ。
愛弟子であるガレオやロン、フィリータは我が子同然だし、アルゼリュート王子にいたっては、親戚から預かった子の感覚に近い。
――べつに、大貴族の招聘だからといって従う義理もないのだが。
サラは、モーラスの出張診察室から出てディエルを見つめた。
頭ひとつぶんだけ高い、伸びやかな四肢をそなえる若者だ。才もある。きっと、経験したぶんだけ成長するだろう。
「……義父のところにも顔を出しましょう。いらっしゃい」
「はい!」
元気よく頷いたディエルの茶色い短髪が、さらさらと流れて戻る。
まるで耳と尻尾が生えているかのような懐きぶりに、くすりと笑う。
幸い、ハリーは執務室に行くまでもなくホールで待ち構えていた。非常に圧がある。
テーブル席をひとつ陣取って事情を説明すると、ああ〜〜、と天を仰いだ。
「ふたりでか」
「護衛は私ひとりで充分よ」
「いや、まぁ。そうだろう。そうなんだが……ちょっと待ってろ。おーい!」
ハリーが突如、がなり声でカウンターの受付嬢を呼んだ。
まわりでビクッと肩を揺らす冒険者たちを尻目に、肝の座った受付嬢はまったく臆さない。
「は〜い? 何です、マスター」
「直近で商隊の護衛依頼はあるか。グレイシアまでだ」
「ありますよ〜」
手元のファイルをぺらぺらとめくり、とん、と指で抑えた彼女が視線を落としたままで該当箇所を読み上げる。依頼は数件あった。
サラは首を傾げる。
「私に、ついでに仕事もしろってこと?」
「そのほうが宿を留守にしやすいんじゃないか? 妙な噂や波風は立たんだろうし、ギルドも助かる」
「なるほど」
「あ、あの。いいですか? ちょっと」
すると、それまで大人しかったディエルがくちを挟み、控えめな挙手をした。
「護衛ならC級も受けられます。俺だって」
「ばぁか。お前さんは例の件で謹慎中だ。冒険者証だって、こっちで預かってるだろうが」
「ええ〜〜!」
「そうよ。復帰はしてもいいけど、研修は受けてもらわないと……――はッ! そうだわ」
「何だ。どうしたサラ?」
はたと真顔になり、手を打ったサラに視線が集まる。
訊き返すハリーに、サラはいたずらを思いついたような顔をした。
「一石三鳥とはこのことかしら。あのね、名案だと思うのよ。うちで、断固としてグレイシア行きに反対する子がいるんだけど」
「……アルゼだな、うん。それで?」
ふむふむとハリーが前のめりになる。
――辺境の宿の住人となりつつある王子を気にかけているのは、何もサラだけではない。ハリーもだった。
サラは、これしかないと頷いた。
「ディエルには、超変則的な『新人研修』を受けてもらいましょう。道中、片道一週間。これだけあれば可能だわ」
◆◇◆
意気揚々と帰宅したサラは、カウンター席で留守番をしていたアルゼリュートに迎えられた。腑に落ちない表情のディエルがあとからついてくる。
「おかえり」
ノートに何やら書き込んでいた王子は、ちらりとサラたちを一瞥した。
ただいま、と返したサラは、にこにことカウンターに肘をつく。
「アルゼ。報酬は払うわ。講師になってちょうだい」
「は? どういう意味」
ぽかんとくちを開けるアルゼリュートは、年齢よりも幼く見える。
サラはディエルを呼んで横に立たせた。ぽん、と、その肩を叩く。
「私、この子の護送がてら商隊の護衛依頼を受けたの。あなたにも、是非ついて来てほしいわ。一緒に行きましょう? ――グレイシアまで」




