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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
3章 新星の剣士

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1 家出青年たち


 ディエルの回復は目覚ましかった。

 もともと基礎体力が高く、筋力もある。おまけに若い。全治二十日はどこへやら、十日も経つころにはあらかたの包帯や固定具を取り去り、星明かり亭で給仕を手伝うようになった。半分はリハビリだ。


 ――あとの半分は。




「サラさーん! 四番テーブル追加、雪鹿の炙り串二人前ぇ!」


 冬の終わりの晴れた夜。仕事を終えた冒険者たちで活気付くホールは今日も満員。大半は長期の宿泊客であり、雪のない時期にときたま現れる荒くれや余所者はいない。平和なものだった。


 サラは「はーい」と気楽に応じ、カウンターの内側から厨房に内容を伝達する。ひらいた小窓からは調理の賑やかな音に紛れ、料理長から短く「了解」の声が上がった。


 ふう、と吐息して振り返ったサラは、ウェイター姿の問題青年に視線を流す。


「ディエル。足は本当に大丈夫? べつに、わざわざわたしを介して注文(オーダー)を取らなくても」


 ――休んでていいのよ、と続く台詞は、子犬のような笑みに打ち消された。

 ディエルはカウンターに肘をつき、うれしそうに斜めからサラを眺めている。前掛けがなければ女将を口説く客の冒険者そのものだった。


「やだなぁ。そんなにヤワじゃないよ。それに、さっさと借りた罰金払いたいし」

「ああ……」


 まあそうね、と、サラは相槌を打った。

 グラスを拭く手をキュッと止め、思案げに片頬を押さえる。まるで、かわいそうな子を見つめるまなざしになった。


「まさか、蓄えが全然ないとは思わなかったのよ。ずいぶんと派手に振る舞っていたから」




   ◆◇◆




 ディエル・クラークスはノルヴァ近隣の出身で、実家は商家。幼いときから剣士への憧れがあり、彼を溺愛する両親にせがんで師をつけてもらい、剣を学んだらしい。


 が、円満な親子関係は彼が十七になった朝に崩れた。

 成人年齢に達したのだから軍に入隊するかと思いきや、突然の「冒険者に俺はなる」宣言。

 堅実な両親はおおいに嘆いた。末っ子だからと今まで甘く育てたツケを痛感し、根気強く説得を試みたものの、ディエルは出奔してしまった。誕生日の翌日だった。


 そうして、漠然と辺境いちの大都市ノルヴァをめざし、いくらか魔獣を屠りながらたどり着いたところ、(くだん)の多人数パーティ『キメラ』と出会った。


 連中は、いかにも世間知らずな風体の青年が、剣の腕だけは光るものがあるのを見抜いたのだろう。最初は親切めかして恩を売り、宿の手配や装備の補充、ギルドでの雑多なやりとりを請け負った。言葉巧みに誘ったのだ。


 ――大勢で助け合ったほうが安全だし、儲けも増える。うちのリーダーにならないか、と。


 結果、ディエルはめきめきと討伐数を伸ばした。ランクも上がったし、拠点も高級宿に定めた。サラに声をかけたのもそのころだ。


 いま、当時の至らなさを仄めかされ、さすがにバツが悪そうにディエルがこめかみを掻く。


「耳が痛いな〜。もう財布は他人に預けないよ」

「それがいいわ」

「――ああ。そうしてくれ」

「って、うわ!? アルゼさん! な、なんで出てきたの」


 不意に後ろから、焼きたての炙り串――――ならぬ、炙り串の皿を持ってきたアルゼリュートに声をかけられ、ディエルはのけぞった。

 構わず、アルゼリュートはカウンターにコトリと皿を置く。


「治ったんだろう? 新人研修までに働いて身代を返そうというのは見上げた心意気だ。どうぞ」

「……どうも」


 ディエルはじとりと視線を返し、トレイに皿を移す。テーブルに向かう前、抜け目なくサラに片手を振った。


「あざぁっす! 行ってきまーす、サラさん」

「うん。いってらっしゃい」


 にこにこと。

 あくまでも柔和に、ひらひらと手を振り返すサラ。


 アルゼリュートは口の端を下げ、板に付いてきたコック服で腕を組んだ。


「サラ。甘やかしすぎだ」

「そう? ほら、うちにはなぜか家出者が居着くんだなぁって」

「それは…………前例は、私か?」

「貴方以外に誰が?」

「いないことを祈る」

「まあ!」


 殊勝なことね、と朗らかに笑うサラは、今日はハーフアップにした黒金の髪を艶々と煌めかせる。


 以前は幼い見た目を少しでも年長者に見せるため、髪型や化粧でできるだけ大人っぽさを演出していた。

 (※あまり効果はなかった)


 今や外見年齢が十代後半であるため、周囲もそれに見慣れて来ている。

 (※と、本人は思っている)


 ゆえに肩肘を張らず、動きやすい好みの装いで店に出るようになった。

 それが、周囲にはどう映るのか。


「……」


 目を瞑り、天を仰いだアルゼリュートが、育ちの良い大型犬のようにしずかにサラを見下ろす。


「何か? アルゼ」

「……べつに」


 やんごとない赤毛の青年はコック帽を被り直し、横を向く。どうやら厨房へ戻るらしい。

 サラは、その横顔に「あっ」と声を上げた。


「ねえ、貴方はどうするの? グレイシアから鳥文魔法(レターバード)が届いたでしょう。ねえったら!」


 カウンターから身を乗り出す女将に、今度はやたらと立ち姿のいいコックが後ろ手を振る。


「もうっ」


 サラはわずかに唇を尖らせる。

 王子(かれ)の寡黙な背中から察するに、〝教えない〟という意図だけは軽く読み取れた。




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― 新着の感想 ―
最新話まで読んでますが、ここに。 『家出青年たち』というサブタイトルにして、ひとりは「子犬のような笑み」。 ひとりは「育ちの良い大型犬のよう」。 ふわー、そんな宿に泊まりたいものです(^ ^) …
アニメの第二クールの一話目っぽい( ˘ω˘ )
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