8 遭難者の生還
一行は、王子の転移石を使わずノルヴァへ帰ることができた。
帰路、魔物と遭遇しなかったわけではない。ふつうに何度も出くわした。その都度サラが撃破したのだ。
それは、「何が何でも王子に宝を使わせない」という、サラのしずかな気迫の表れだった。
歩くのが覚束なさそうなディエルと生粋姫君のパールレティアは、森の入り口に隠しておいたソリで運んだ。なんと、引き手はアルゼリュートが申し出た。
「いやあの、すみません本当……えっ、王子なんですよね!!?」
「ん? 何のことかな」
ものの数ヶ月で逞しくなった(※感性)アルゼリュートが、ずいぶんと白々しく答える。
ついでとばかりにサラが倒した魔物の素材を乗せ、成人なら三人乗りのソリはいっぱいだ。
――念のため、サラが重力魔法を用いて見た目より軽くしているものの。
初見で軽薄な印象を受けたディエルは、根は善人だった。
その上、いっぱしの冒険者だった。
ざっと診ただけで五指に余る切り傷と打撲痕を抱えつつ、それでも「痛い」とは一言も漏らさない。こうして身を縮こませながら、アルゼリュートに詫びている。その姿は微笑ましくもあり。
(きっと、悪くない子なのよね。元々は)
サラは、都市の大門までは護衛よろしくソリの横を歩いた。
門に辿り着き、門衛に帰還を告げ、ちらりとソリに座るお姫様を見下ろす。
「パールレティア嬢。どうなさいます? 私の宿と、冒険者ギルドと、ご領主の館と。お心は決まりましたか?」
「殿下と同じところ、と言いたいところですけど……」
銀の巻き毛の美少女は、拗ねたように唇を尖らせた。
「わたくしが身分を偽っていたこと、貴女は養父殿にすっかり報告してしまうのでしょう? であれば、いずれフォアロード辺境伯のお手を煩わせるに決まってる。それは、本意ではないわ」
「…………英断かと」
サラは、うっかり(賢い姫君は好きですよ)と言いそうになり、にこりと社交的な笑みにとどめる。
つん、と横を向き、雪花石膏のように滑らかな頬を見せるパールレティアに眉を下げ、門兵に伝言を託した。
「道中、こちらに向かうはずだったセザルク公爵の令嬢を保護しました。辺境伯閣下に急ぎ報せを。お怪我はありませんが、然るべき場所でお休みいただきたいのです」
「! 確かですか」
「我が養父、ハリー・オルタネイルの名に賭けて」
「わかりました。ご令嬢、さぞ難儀でしたでしょう。ひとまずはこちらへ。暖をお取りください」
「ええ」
パールレティアは優雅な仕草で立ち上がり、毛皮で縁取られた高級そうなコートの裾をさっと直した。「ではまた」とサラに告げ、ディエルを見て、最後にアルゼリュートに視線を定める。
とたんに、王子がぐっと身を固くする。銀の髪の令嬢は赤毛の王子の耳に、そっと顔を寄せた。
「――――ましょうね、ごきげんよう」
「……」
むつりと口の端を下げたアルゼリュートを咎める者は誰もおらず、小柄な公爵令嬢は、今度こそおとなしく門の詰所へと向かった。
残された三名は、ほっと息を吐いた。
全員、何だかんだと振り回されている自覚があったのだ。
サラは、さて、と、気合を入れる。
ディエルには申し訳ないが、ここより先は歩いてもらったほうが良い。公道は融雪の魔道具のちからで雪がないため、ソリを引くのが不可能だからだ。
事情を説明し、それぞれの荷に戦利品を押し込む。ソリには運搬用に、簡単な滑車を付ける。
剥き出しの素材を乗せるわけにいかないのは、たまに出没するスリ対策だ。
「ディエル。あなたも冒険者ギルドに来て。応急処置じゃない、ちゃんとした手当が必用よ。帰還報告も」
「はあぁ、わかったよ」
重々しい溜め息とともにディエルが承諾し、主街道を歩き出す。
前をゆくディエルの歩調に合わせ、サラは、こそりと隣のアルゼリュートを窺った。
「お嬢さん、さっき、何ですって?」
「……『一緒にグレイシアに帰りましょうね』と………………はっ!? 待て、サラ。私は」
「はいはい」
苦虫を噛み潰したような色男ぶりが可笑しく、任務の無事の達成もあって、サラはくすくすと笑った。
薄雲を割き、西日が空を染める。
雑踏の人いきれと屋台の炙りもので、ほうぼうから白い湯気が立つ。
芝居がかった露店の呼び込み。人びとの談笑に喧騒。
ソリに取り付けた滑車はたいそう賑々しく、ふたりの会話はうまい具合にかき消された。
◆◇◆
「よお。待ってたぞ」
――既視感マシマシのお出迎え。
冬でも薄着で立ち塞がるギルドマスターに、サラは呆れ声をあげた。
「まさか、ずっと外にいたわけじゃないわよね?」
「流石にそこまではせんぞ。今日の机仕事なら片付けた」
「……困ったギルマスねぇ。みんな怖がってるじゃない。さ、入って入って」
「おう」
厳つい顔を綻ばせるハリーに、おそるおそるギルドに出入りしていた冒険者たちが揃って安堵する。
暖められたギルドホールでは、すでに待機していたらしい医師と薬師が、ぱっと顔を輝かせて腰を浮かせた。
「待ってたよ、サラお嬢さん。お、彼かい。どれどれ」
「簡単な処置しかしてないの。よろしくお願いします、モーラスさん」
「任せてくれ」
モーラス――白髪の老医師は、長く冒険者ギルドと懇意にしている。ギルドの提携医だ。
ゆえに、サラが『サラーシャ・ナーガ』だった過去も知っている。その気楽さで、安心して送り出す。
そのさまに、アルゼリュートは感心したように呟いた。
「すごいな。医師も常駐しているのか、ここは」
「いちおうね。業務上、怪我人はしょっちゅうだし。最低限だけど、治療費はギルドで立て替えてるのよ」
雪でしめった外套を脱ぎ、片手に畳みつつサラが答える。
ハリーはガハハと笑い、王子の感嘆をあっという間に吹き飛ばした。
「ま、報酬から間引いて返してもらうけどな!」
「そ、そうか」
ですよね……と、アルゼリュートは無言の納得。
だがな、と、ハリーはにやりと笑った。
「今回みたいのは、あいつの愚かさもあるが、もっと悪どい馬鹿たれがわんさかいやがる。そいつらに払ってもらうさ」
多人数パーティ『キメラ』の面々:[▶にげる]
……
…………
が、にげられない!!
(ハリーの特殊スキル『威圧』発動)※本人は素




