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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
2章 吹雪妖精

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5 筋金入りの、何とやら

 雪融けが近づいた、ある日の夜。

 『隠れ星のギルド』に、一件の依頼が舞い込んだ。

 正確には鳥文魔法(レターバード)がやってきたのだ。

 ちょうど掃除を終えて、通いの女の子たちを見送り、住み込みの者たちにも順々におやすみを伝えた深夜の零時。


 伝えるタイミングからして、星明かり亭の営業サイクルを熟知しているな……と、迷いなく白い小鳥に手を差し出す。

 鳥は、サラの手のひらに乗るととたんに姿がほどけ、代わりに声を残した。


 ――人探シ。至急。入ラズノ森ニテ消息不明。名ハ“でぃえる”。明日朝、ぎるどニ来ラレタシ……


「は?」


 でぃえる。

 …………ディエル。


 記憶をさらったサラは、それが冬の始めに冒険者ギルドの食堂で絡んできたC級の若者だと思い出す。

 あの子か、と頷いたとき、たまたま隣にいた青年に話しかけられた。


「サラ。今のはどういう?」

「あーー、うん。聞いたままよ。毎年、冬の森に入って遭難する冒険者は一定数いるの。いつもは家族や仲間から依頼が来て、表のギルドで適切に探索チームが組まれるんだけど……」

「『表』では、救助が困難なときもある?」

「そうね」


 サラは、ふっと苦笑した。

 不覚にも、あと少しで「勘のいい子はきらいよ」と言ってしまいそうになる。


 ――――表のギルド。

 つまり、公の冒険者ギルドマスターのハリーも予測し得なかったのだろう。まさか、こんなに遅くまで自国の王子殿下が養女の仕事に付き合うなんて。それも毎日。


(すぐ、音を上げると思ったんだけどなぁ)


「サラ」

「ん?」


 雇い主の本心はさておき、良心の塊であると言わんばかりのアルゼリュートがサラの顔を覗き込む。


「私を連れて行くといい。言ったろう? 従僕くらいさせてくれ」

「だめよ。宿の仕事じゃないのよ。危険よ?」

「危険ならなおさらだ」

「一般民の私と、王族のあなたでは、重みが違うのよ」

「違わない。むしろ、きみのほうが重い。いいか? きみは、自分を軽く考えすぎる()()がある。少なくとも私にとっては」

「〜〜もうっ。わかった。わかったわよ! 連れて行くわ」

「よし」


 どこか満足げな赤毛の青年に、諦めたサラはひらひらと手を振る。

 明朝、朝食の片付けを通いの清掃員に任せたら出発するとだけ言いおき、階段をのぼる。

 左側は客室。右側は住み込みスタッフの部屋が並んでいる。にこにこと、「また明日」と告げたアルゼリュートは途中のドアへ。サラは突き当たりの部屋に入った。後ろ手にカチャリと鍵をしめる。


「はあ……」


 遭難救助は、はっきり言ってスピードと救助者の安全確保の両立が難しい。

 いつ行方不明となったのか。

 同行者はどこへ?

 依頼者は?

 広大な森の、場所はどのあたりか。

 何にせよ、確認は明日、表のギルドに着いてからだ。


 気持ちを切り替えたサラは、さっと寝巻きに着替えて寝台へ。


「……あ、そうそう。忘れてた」


 眠りに入る直前、かろうじて魔法の小鳥を生み出した。手短にメッセージを託し、きしりと軋む寝台に手をついて半身を起こす。閉めたままの窓に向けて息を吹きかけると、金色の小鳥は鳴き声ひとつあげずに窓をすり抜けた。



 ――承ッタ。宿ノ朝仕事ヲ終エテ ソチラヘ。困ッタ。王子カ゚離レナイ……



 あとになればひどい内容だったと思うが、このときは、いちいち文面を取り繕う気力がなかった。


(よし。寝よ)


 サラは、ただちに健やかな眠りに落ちた。




   ◆◇◆




「うわ」

「ギルドマスター殿?」


 次の日、サラとアルゼリュートはふたり揃って足を止めた。

 冒険者ギルドの前には、はっきりと寝不足の表情のハリーが待ち構えていた。迎えに出て……くれた? と、思わず聞いてしまうほどには人相と圧がひどい。


 ハリーは、しげしげと両者を眺め、おもむろに肩を下ろした。


「ちっ。なんだよ、特に変わりないじゃねえか。心配させやがって」

「どうも……?」

「ああ、ああいいよもう。アルゼさんは付き添いだろ? さっさと済まそうぜ」

「わ、わかった」


 王子がぎくしゃくと頷き、ギルドマスターのあとに続く。サラはそのあとを歩んだ。



 サラは、表向きはハリーの養女として。また、冒険者向けの宿の経営者としてギルドに出入りしている。そのうえ、昨年からはB級の肩書も得た。


 とりたてて依頼を取りに来ることはないが、知る人ぞ知る有名人でもある。正直、サラを知らない冒険者はよほどの駆け出しか、人付き合いが苦手な者だろう。


 そうして、いつも通り最上階の執務室へと通される。

 入ったとたん、ハリーは切り出した。


「一回しか言わねえぞ。わりと急ぎだ。遭難者はディエル・クラークス。C級剣士で多人数パーティ『キメラ』のリーダーだった。パーティメンバーがこぞって逃げてきたのは昨日の夕方。依頼者の貴族が無理を言って、低ランクには厳しいとこまで進んだらしい。吹雪妖精(ブリザーディア)に囲まれたそうだ」


 ふんふんとサラは相槌を打つ。


「無謀なことをしたものね」

「出られるか」

「もちろん。宿には伝えてあるわ」

「すまんな。地図はこれだ。最終地点に印を付けといた。持ってってくれ。『竜狩り』がいてくれりゃ良かったんだが」

「仕方ないわ。あの子たちだって忙しいもの」

「数少ない、対人能力も高えA級パーティだしなぁ……貴人警護じゃあ、長期にもなる。次から次に連れ回されるだろうし」


 執務机を背に、ぐぬぬと眉間を揉むハリー。


 が、時が待ってくれるわけもない。こうしている間もじりじりと難を逃れたと信じたい遭難者たちの危機が増す。

 サラは急ぎ、ざっと確認した地図をくるくると丸め、みずからの背嚢(はいのう)に押し込んだ。それを再び背負う。


 装備よし。応急処置の準備もよし。

 では、と出立しようとしたサラに、「待て」を告げる声があった。やはりというか、アルゼリュートだ。


「私も行く。あの若者と『依頼者の貴族の遣い』もいる可能性があるんだろう? 人手はあったほうがいい」


「アルゼ。無理よ。いつぞやと違うのよ? 高ランク冒険者がみんな出払ってるの。護衛だって足りないし」

「無理じゃない」

「だって」

「私でしか役に立たないこともある。ほら」

「……?」


 ハリーもサラも、てっきり、彼は最終的に折れると思っていた。冬の森に好きこのんで入る人間などいない。アルゼリュートは、ほんの少し剣の心得がある程度の非戦闘員なのだ。


(しかも王族)


 だから、彼があまりに堂々と差し出した魔道具に目を瞬いた。

 それは、手のひらに収まる不可思議なメダルだった。中央には神秘の魔石。周囲はびっしりと古代文字が彫ってある。


 知っている。

 失われた技術が元になっているという。市場に出れば天文学的値段が付けられるお宝だ。たしか……


「……転移石」

「そうだ」

「嘘ぉっ!?」

「嘘じゃない。本物だ」

「お前さん…………本気だな。本物の阿呆か」


 のけぞるサラ。どことなく見直したふうのハリーに、それぞれ王子が言い張る。


「本物に決まっているだろう。王家(うち)は、子どもが成人した暁に必ずこれを授かることになっている。不当な品ではない。れっきとした、私の取り分だ」

「王家の無駄遣い!!」

「なんだ、それは」

「なんで……なんで使わないのよ。いつだって帰れるじゃない。王城に」


 いま、この時も。

 飲み込んだ言葉は、にこりと笑う王子に打ち消された。


「サラ。これは、命の危機でしか使ってはならない。見くびらないでくれ。たかだか出奔の後仕舞に使わないさ」

「……」

「……」


 ――――あ、出奔(いえで)の自覚はあったんだな、と、ふたりの辣腕冒険者が妙に納得した瞬間だった。




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王族ムーブキターーー!!!!(大歓喜)
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